銃の消失で家庭が狂い出す。カンヌで受賞したイラン発サスペンス「The seed of the sacred fig」(英題)
家庭内で一丁の銃が消えたことで、家族の知られざる顔が暴かれていく──。第97回アカデミー賞で国際長編映画賞ドイツ代表に選ばれ、第77回カンヌ国際映画祭で審査員特別賞を受賞したイラン発のサスペンススリラー「The seed of the sacred fig」(英題)が、2025年2月14日(金)より公開される。
テヘランに暮らす国家公務員のイマンは、20年にわたる勤勉さと愛国心を買われ、夢にまで見た予審判事に昇進。しかし業務は、反政府デモの逮捕者を罰する国家の下働きだった。そしてある日、報復の危険から家族を守るために支給された銃が、消えてしまう。 疑いの目が向けられたのは、妻のナジメ、娘のレズワンとサナ。捜査が進むにつれて疑心暗鬼が増し、それぞれが抱えた秘密の交錯とともに、予期せぬ事態に至る──。 監督はベルリン国際映画祭金熊賞を受賞した「悪は存在せず」(2020)などで知られるモハマド・ラスロフ。手掛けた映画がイラン政府の批判に当たるとして、たびたび投獄されており、本作でも有罪となったのを受けて祖国を脱出した。その経緯と現状の懸念、信念などを語った声明文も発表された。
モハマド・ラスロフ監督の声明文(2024年5月12日)
長く込みいった旅路を経て、数日前にヨーロッパにたどり着きました。 一月ほど前、弁護士から控訴裁判所で禁錮8年の刑が確定し、すぐにも執行されるだろうと知らされました。新しい映画のことが知られれば、刑期がさらに長くなるのは間違いありません。考える時間はあまりありませんでした。収監されるか、イランを脱出するか選ばなくてはなりません。私は重い気持ちで国外脱出を選びました。私は2017年9月、イラン・イスラム共和国にパスポートを没収されています。ですから、秘密裡にイランを出なくてはなりませんでした。 もちろん、国を出ることを余儀なくされた、私に対する不当な判決には強く抗議します。しかしながら、イスラム共和国の司法制度はあまりにも過酷でおかしな判決を下すことが多いため、そこで刑期に不服を申し立てるのが得策だとは思えません。イスラム共和国は抗議者や公民権活動家の命を狙い、死刑を執行しています。信じ難いことですが、私がこれを書いている今も、若いラッパーのトゥーマジ・サレヒが死刑囚として収監されています。弾圧の範囲と激しさは残忍の域に達しており、非道な政府の犯罪が毎日報じられています。イスラム共和国の犯罪装置は、絶え間なく組織的に人権を踏みにじり続けているのです。 イスラム共和国の諜報機関が私の映画製作について情報を得る前に、なんとかイランを脱出することができた俳優も多数います。けれども、今もイランには俳優や映画のエージェントがたくさん残っていて、諜報機関から圧力がかかっています。長い取り調べを受けたり、家族が呼び出されて脅されたりした人もいます。この映画に出演したことで、彼らは起訴され、出国を禁じられました。カメラマンの事務所は強制捜査に遭い、機材はすべて押収されました。音響技師がカナダへ出国することも妨害されました。諜報機関は映画クルーの取り調べの際、私にカンヌ国際映画祭からの撤退を促すよう要求しました。クルーに対し、映画のストーリーを認識しないまま私に操られてプロジェクトに参加させられた、と丸めこもうとしていたのです。 製作中、私と仲間や友人らはたいへんな制約を受けました。それでもなお私は、イスラム共和国政府の検閲による介入を受けない、より現実に近いストーリーを目指しました。表現の自由の制限や抑圧は、たとえそれが創造性を刺激するものであったとしても正当化されるべきではありません。しかし道がなければ、作らなければなりません。 世界の映画コミュニティは、そのような映画の製作者への有効な支援を保証すべきです。言論の自由を守るため、はっきり大きな声をあげるべきです。検閲を支持するのではなく、臆さずに立ちむかう人々は、国際映画団体の支援によってその行動の重要性を再確認します。個人的な経験からいえば、そうした支援が彼らのきわめて重要な仕事を続ける上で、貴重な助けとなるのです。 この映画は、多くの人の助けを借りて製作したものです。私の思いは、彼らと共にあります。彼らの安全、安寧が心配です。
「The seed of the sacred fig」(英題)
監督・脚本:モハマド・ラスロフ 出演:ミシャク・ザラ、ソヘイラ・ゴレスターニ、マフサ・ロスタミ、セターレ・マレキ 2024年/フランス・ドイツ・イラン/167分 配給:ギャガ ©Films Boutique