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『BASARA』『7SEEDS』の田村由美が描く『ミステリと言う勿かれ』 KYな主人公が気づかせる価値観とは?

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リアルサウンド

 『BASARA』『7SEEDS』といった、壮大な物語世界の上で、熱い人間ドラマを描いてきた田村由美が、ミステリーに挑んだ。ミステリー・ファンとしては、見逃すわけにはいかないだろう。 【画像】最新7巻  ということで『ミステリと言う勿かれ』の第1巻が出たときは、大喜びで購入した。そして読み始めたら、名探偵役の主人公のキャラクターに感心。現代における名探偵像の、ひとつの理想形ではなかろうか。  その意味を説明するために、まず今の日本に注目したい。私の知り合いに、中学校の先生がいる。あるとき、現在の生徒のことを聞いたのだが、クラスの中での自分の立ち位置を意識した、ポジショントークが当たり前になっているそうだ。また生徒間での同調圧力も強く、表面的には昔と比べて、平穏に見えるという。  もちろんそれは学校だけの話ではない。日本人の公徳心や道徳心は昔よりアップしており、とても喜ばしいことだ。しかし反面、正義や常識を振りかざして、他者を批判する人が増えたように思える。特にインターネットは匿名性が高いゆえか、自己の正義感に酔った人が、違う意見の持ち主を攻撃しがちである。かくして何かの発言をするときは、見えない誰かを気にするようになってしまう。なんとも窮屈だが、それが現代の日本なのだ。  だから『ミステリと言う勿かれ』を読んで感心した。物語の主人公は、大学生の久能整。天パで、カレー好き。一見、どこにでもいる若者だ。Episode1では、そんな彼が、同じ大学に通う寒河江建を殺した容疑で、警察に引っ張られる。ここから舞台は、整が刑事たちに尋問される一室に限定され、主人公の特異なキャラクターが、どんどん露わになっていくのだ。それはKY(空気読めない)である。  不利な証拠が出てきて、容疑が強まっていく整。ところが彼は、刑事たちの様子や言動から、彼らの人間性や立場を推理する。そして自らの置かれた状況に関係なく、ひたすら自分の意見を披露するのだ。どう考えても、空気の読めない人間なのだが、それが痛快に感じられるのは、私たちが周囲の人の思惑や、場の空気を気にしすぎるからだろう。  しかも刑事に対する整のお喋りが、事件の真相に対する伏線や布石となっている。詳しく書けないのがもどかしいが、優れたミステリー作品といっていい。だが、本当に凄いのは、真相が明らかになった後だ。整が犯人に向かって、「楽しかったですか」という場面以後の数ページは、KYの本領発揮。ぜひとも作品を読んで、整のKYぶりを堪能してほしい。  続くEpisode2では、バスジャック事件に巻き込まれた整が、殺人事件の謎を解き明かす。このエピソードに登場した犬堂我路は重要人物で、その後、広島の旧家で起きた奇怪な事件を描いたEpisode4へと整を導く。またEpisode2.5では名探偵役を務めた。  一方、整自身も次々と事件に巻き込まれ、入院した病院でライカという女性と知り合ったり、恩師の過去の事件の謎を解いたりする。ある事件の裏には、さらなる真実がありそうだが、それはこれから描かれるのだろう。なんとも先が楽しみな作品なのである。  ところで私は、主人公の名探偵としての魅力をKYだと書いた。シャーロック・ホームズの時代から、エキセントリックなキャラクターは名探偵とマッチしてきた。整は、その現代版なのだ。しかし、読み進めるにつれ、KYの一言で決めつけられない人間性が浮かび上がってくる。  彼の過去に何があったのかは、まだ断片的にしか描かれていないが、子供の心を歪める発言への批判などを見れば、家族に関する問題があったとしか思えない。彼が周囲の出来事に敏感で、観察力が鋭い人間になったのも、少年期の環境に由来するようだ。  いうまでもなく性格も同様である。なぜ整がKYに見えるのか。自己の体験や知識に基づく本音でしか喋らないからだ。それが多くの人が常識としている建前と衝突し、KYに見えてしまうのである。整の発言が痛快なのは、建前によって硬直化した価値観を、本音によって容赦なく揺さぶるからなのだ。  さらに建前と本音は、ミステリーの構造と通じ合う。物語の始まった時点の事件が建前、その後に明らかになる真相を本音と、なぞらえることができるのではないか。だとすれば本音しか喋らない整ほど、真相を見抜く名探偵に相応しい存在はない。時代が求めた名探偵を創造した『ミステリと言う勿かれ』は、多くの名探偵物と同様、時代が変わっても読み継がれることだろう。これはそういう作品である。

細谷正充

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