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『アクタージュ』が役者マンガの傑作たる理由 神がかった演技を描ききる、絵の説得力

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リアルサウンド

 「週刊少年ジャンプ」連載の『アクタージュ act-age』(原作:マツキタツヤ、漫画:宇佐崎しろ)は、「役者マンガ」固有のおもしろさが詰まっている作品だ。 景のライバルとなる百城千世子  演技の世界を題材にした傑作に、美内すずえ『ガラスの仮面』や松浦だるま『累-かさね-』などがある。役者たちが周囲の演者や観客、演出家や監督との呼応によって演技を組み立てていく演劇や映像の世界は奥深い。  こうした役者マンガ(演劇マンガ)には、マンガに向いている部分と、マンガでやるには非常に難易度が高い部分がある。前者は実際の演劇も同じ特徴を持つがゆえに生じ、後者は実際の演劇とはまったく異なる特徴だから生じるハードルだ。  『アクタージュ』はその両方にうまく向き合い、クリアしている傑作だ。 ■役者の世界がマンガに向いている部分とは?  どんな役も椅子は限られており、奪い合いが生じる――つまり、勝負が発生する。役者の世界を舞台にすれば、設定的に師弟関係やライバル、共演者など、多様な関係性を軸に話が作れる。しかも老若男女幅広く登場させることができる。『アクタージュ』では演技法の違い、師弟関係、ライバル、仲間、家族、演目と役者の相性/重ね合わせなどを巧みに組み合わせて物語を紡ぐ。  主人公は、父に捨てられ、母を亡くし、幼い弟と妹のために生活費を稼がなければならない女子高生・夜凪景。景は、悲しみから逃避するために膨大な量の映画を観て没頭するなかで「その役割を演じるためにその感情と呼応する自らの過去を追体験すれば誰にでもなれる」という特技を会得していた。カンヌ・ベルリン・ヴェネツィア世界三大映画祭すべてに入賞している気鋭の日本人映画監督・黒山墨字に発見された彼女は、自分がまだ何者なのかを知らない。そして芝居を通じてそれを探していく――『アクタージュ』は景のアイデンティティ探求の物語だ。  景は無人島でデスゲームを強いられた少年少女を描いた映画のオーディションを受ける。不自然な状況を受け入れずに「本当にその場にいたら何を感じ、どう振る舞う?」ということから考える。ただし自分に与えられた役に入り込みすぎるあまり、演出家の意図や作品全体を俯瞰する力がない。  逆にずば抜けた俯瞰能力に基づき「自分がどう見えるか」「どう見せればもっとも映えるか」を察して演じられる有名事務所所属の人気女優・百城千世子が、景のライバルになる。  景は黒山や、黒山に送り込まれた演劇界の重鎮・巌をいわば師として、そして時にライバル、時に仲間となる共演者たちからさまざまなことを吸収し、成長していく。  景は舞台や映画などで演技経験を積むうち、自分がひとりではないことに気づいていく。社会性ゼロだった人間が、周囲と関係を深めていく。その少年マンガ的な部分が『アクタージュ』の魅力のひとつだ。 ■演技をマンガで表現することは、演劇や映像表現とはまるで異なる  では、演技をマンガで描く難しさとは何か?  演劇マンガ(役者マンガ)が本当の演劇や映画での演技と決定的に異なるのは、良くも悪くも「時間を止められる」ことだ。舞台にしろ映像にしろ、本物は時間とともに流れ、観客が体験した一瞬は二度と返ってこない。演劇も映像も時間を伴うアートフォーム(時間芸術)であり、演劇の場合は特に一回性のある時間芸術だ。  ところがマンガでは、役者のスイッチが入り、それにまわりが引き込まれているという説得力を、止め絵で表現しきらなければいけない。そういう意味で、役者マンガは実際の演劇とはまったく異なる。  たとえば神がかった演技を目撃した観客の心の声を「す、すごい……!」などと描いたとしても、そこに読者が息を呑むような絵が描いていなければ、マンガでの演技表現は成立しない。画力がないと話にならない、きわめてハードルが高いジャンルだ。  しかしそのハードルを乗り越えることができれば、読者に与える満足度は圧倒的に大きいものになる。観客を圧倒させた演技の瞬間を切り取ったマンガを、読者は何度でも、何秒でも見ることができるからだ。  日本のマンガ表現は、一方では、実際には動いていない止め絵であるにもかかわらず動いているかのように読者に感じさせる技法を追及してきた。そして他方では、紙に絵で描かれた人物であるにもかかわらず深い内面性を感じさせる表現する技法を確立してきた。成功している役者マンガの決めゴマには、その2つの潮流が合流した快感がある。  『アクタージュ』にはそうした「絵の説得力」がある。ある人間が別人になりかわる瞬間、役に感情を重ね合わせて身体から発したときの迫力が、これでもかというくらい伝わり、読者の語彙力を喪失させる「瞬間の絵」の魅力。演劇にも映像にもできない「演技マンガ」のお手本のような表現がそこにある。

飯田一史

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