あなたを忘れない 2020くまもと「追想-メモリアル」から
熊本豪雨、新型コロナウイルスの感染拡大…激動の2020年も、さまざまな分野で功績を残したり、時代を切り開いたりした熊本県関係者が鬼籍に入った。熊本日日新聞で毎月掲載した「追想-メモリアル」を振り返り、強い信念、波乱に満ちた生きざまをしのぶ。 ●女子ハンドボール世界選手権開催に尽力 県ハンドボール協会会長・島田俊郎さん(1月8日死去、77歳) 「世界ハンドを県スポーツ界発展の呼び水にしたい」。昨年10月末に叙勲受章の声を取材した際、1カ月後に迫る女子ハンドボール世界選手権への強い熱意を口にした。誰もが「島田会長がいなければ熊本での世界選手権はなかった」と断言する卓越した行動力と情熱が大会の実現と成功を導いた。 済々黌高時代に汗を流したハンドボールの普及に心血を注ぎ、熊本が会場となった1997年の男子世界選手権では県協会の理事として奔走。2003年に会長に就き、女子世界選手権で再び熊本を盛り上げようと、国際大会などへ出向き各国関係者と交流。13年に招致を実現させた。 18年2月、国際連盟(IHF)が八代、山鹿両会場の設備の問題を挙げて複数会場開催に難色を示した際には、「熊本」の意義を重視し「八代と山鹿でやらないと意味がない。最後は人と人が決めること。諦めたらいかん」と発起。4月に1泊4日の強行軍でスイスのIHF本部に出向き直談判した。
世界選手権は観戦者目標の30万人を突破。期間中は自ら考案した折り紙の応援かぶとをかぶり、日本代表「おりひめジャパン」に最前列から声援を送った。「子どものように目を輝かせ、会長自身が一番楽しんでいた」と県協会事務局次長の古池泰士さん(36)。 企業人としても手腕を発揮した。求人情報誌などを手掛ける「あつまるホールディングス」社長として熊本の経済発展に貢献。交友の広さを生かし、世界選手権招致では行政との橋渡し役も担った。 県協会や副会長を務めた県体協のスタッフを食事に誘って労をねぎらうなど、細やかな気配りで人の輪を大事にした。スポーツ振興への貢献が評価された叙勲の勲章を「本業以外で頑張った証し。幸せのお裾分け」と持ち歩き、行く先々で感謝を口にした。 世界選手権の公式球が祭壇を飾った告別式。遺影の中で穏やかにほほ笑んだ。出棺して車が立ち寄った済々黌高では校歌を歌う後輩たちに見送られた。世代を超え、最期まで多くの人に愛されて旅立った。(後藤幸樹、1月30日付掲載) ●川辺川利水訴訟原告と連帯、国を動かす 弁護士・板井優さん(2月11日死去、70歳)