あいみょん、木村拓哉、米津玄師らが『君たちはどう生きるか』を語る 『SWITCH』ジブリ特集号が充実の仕上がり
宣伝ゼロで7月14日公開された宮﨑駿監督の10年ぶりの長編アニメーション『君たちはどう生きるか』。8月11日に発売されたパンフレットにもキャストやスタッフへのインタビューがなく、映画をどのように理解したら良いのか分からないままだった。そこに登場した『SWITCH』Vol.41 No.9が、「ジブリをめぐる冒険」と銘打って鈴木敏夫プロデューサーや作画監督の本田雄、そして山時聡真、あいみょん、木村拓哉といったキャストたちへのインタビューを掲載し、宮﨑駿監督が映画に込めた思いを浮かび上がらせている。 「宣伝はなく、あらすじもキャストも一切明かされぬまま封切られた宮﨑駿10年ぶりの新作『君たちはどう生きるか』。この映画を前に、SWITCHは特別に池澤夏樹とジブリをめぐる冒険に出た。案内人は鈴木敏夫。彼こそ、トリックスターであるサギ男とわかった」 SWITCH最新号の目次に掲げられた、特集を説明する文章が言い表しているように、芥川賞作家の池澤夏樹が鈴木敏夫プロデューサーに行ったインタビューから、『君たちはどう生きるか』に出てくるキャラクターにはモデルがいて、宮﨑駿監督がどのような思い出キャラクターやシーンを作っていったかが、初めて世の中に明らかにされた。 たとえば大叔父。映画の中で、主人公の眞人という少年に後を託そうとする老人のモデルを、鈴木プロデューサーは宮﨑駿監督の盟友、高畑勲監督だと明かす。「自分を抜擢してくれて、このアニメーションという世界でなんとかやれるというきかっけをくれた先輩」がモデルとなったこの大叔父が、宮﨑駿監督の分身ともいえる眞人に「これからどうして生きていくかという道筋を出してくれる話」というのが構想にあったらしい。 同じように、キリコという塔の中の世界に入り込んだ眞人を助けて導く女性のモデルを、鈴木プロデューサーは「二〇一六年に亡くなられた保田道世さんです」と明かしている。スタジオジブリの作品で長く色彩設計を担当していた人物で、このことを聞いて改めて映画を観ると、宮﨑駿監督が保田にどれだけ助けられたかが見えてくる。 故人に関することでは、作画監督の本田雄が、映画に青サギやペリカン、インコといった鳥が多く出てくることに関して、二〇一六年に亡くなったアニメーターの二木真希子が鳥を描くのが得意だったことに触れつつ、「宮﨑さんは二木さんのことを思って、とにかく鳥を出してきていたのかなと感じました」と話している。 「あの塔はたぶんジブリだと思うんです」と鈴木プロデューサーも言っているように、『君たちはどう生きるか』という映画は宮﨑駿監督が、ジブリを含めた自分の人生を歩き直す作品なのだということが、幾つかのインタビューを読むことで見えてくる。 「サギ男は誰がどう見たって僕なわけですよ」とインタビューで語っている鈴木プロデューサーの“サギ男”ぶりもうかがえる。作画監督に本田を起用しながら、その絵が良すぎて宮﨑駿監督が「彼にはやめてもらおうと言い出したことがあった」とか。そこで鈴木プロデューサーは、本田を連れだし、鰻を食べて何も話さず戻し、そのまま宮﨑駿監督が自分の言ったことを忘れるのを待ったという。40年近くに及ぶ付き合いの中で培った操縦法だ。 誰がどのキャラクターを演じたかも、実は『SWITCH』の特集で“確定”したと言える。パンフレットにはただ「声の出演」としか書かれていなかった山時聡真が、主人公の眞人をどう演じたかをインタビューで答えている。決めていたのは、「計算せずにいこう」ということ。何も分からない状態から自分自身が眞人とともに成長していくように演じていったという。これによって眞人に気持ちを載せた観客が、一緒に成長していけるように思える映画になった。 シンガーソングライターのあいみょんが演じたのは、ヒミという少女。オーディションではまったく手応えが感じられなかったと話しているが、起用が決まって最初の収録に臨んだ後、鈴木プロ-サーから「宮﨑さんが頷いて『よし』ってポーズを取っていたから大丈夫だよ」と聞かされて、ホッとしたという。あいみょんが日頃からジブリファンを公言し、鈴木プロデューサーのラジオ番組でジブリ愛を語っていたことは、鈴木プロデューサーの交遊録をまとめた『歳月』(岩波書店)にも書かれている。夢がかなっただけでなく、認められた喜びが伺えるインタビューになっている。 眞人の父親の勝一役で特別出演した木村拓哉のインタビューも掲載。宮﨑駿監督から、自身の父親をイメージしたキャラクターだと聞かされたものの、どういう人か知らない木村は、「その場でイメージを瞬発的に膨らませていって、という作業でした」と振り返っている。冒頭の第一声をどうしても掴めず、それ以外の場面を収録しながら、勝一の「息子や妻へのスタンスも見えてきて、彼が何を正義としているのか、人となりが掴めてきた」。そこで最初にシーンを演じて収録を終えたあと、宮﨑駿監督から「『父のことを思い出しました』と声を」かけられたという。次に映画を観る時があったら、木村の演技から宮﨑駿監督の父親の人となりを感じ取りたい。 主題歌の「地球儀」を歌った米津玄師へのインタビューでは、宮﨑駿監督が映画について「『自分の中にも後ろ暗い部分やドロドロした部分が奥底にあって、それに蓋をしたまま映画を作り続けてきた。でも今回はその蓋を取っ払い、ドロドロしたものを全部面に出そうと思っています』と話してくれました」と書かれていて、『君たちはどう生きるか』が持つ自伝映画的な意味合いを、今一度感じさせられる。 宮﨑駿監督自身が語っていなくても、周囲でいっしょに作品を作り上げた人たちの言葉から、いろいろと浮かび上がってくるのは、ひとつのテーマで多面的な掘り下げを出来る雑紙の特集ならではと言えそうだ。 作画監督の本田のインタビューでは、蒼々たるアニメーターがどのシーンを手掛けたかが紹介されていて、作画マニアを楽しませてくれる。冒頭のシーンで大平晋也が携わっていることは知られているが、眞人が頭に石をぶつけるシーンは山下明彦で、塔から飛び出して来たインコが勝一と戦うシーンは井上俊之、ワラワラがわらわらと登場するシーンは濱田高行が原画を手掛けたとのこと。ただし、頭から血が流れ出すシーンや、『文藝春秋』2023年9月号でも本田が明かしているように、魚を切ると内蔵があふれ出てくるシーンでは、宮﨑駿が手を加えて“大盛り”になっているとのこと。アニメーターとしての現役ぶりがうかがえる。 その意味では、鈴木プロデューサーが「どうなるかわからないけど、またやるんじゃないですか」と答えているところが、宮﨑駿監督のファンには響きそう。「また、なんか騒いでますね」とも話していて、次の作品の可能性を伺わせる。『文藝春秋』でも本田がやはり、「これが宮﨑駿の最後の作品になるかどうかは、大いに疑いの余地がありますが」と、現役続行の可能性をほのめかしている。 パンフレットからは掴めなかった『君たちはどう生きるか』に関する情報をたっぷりと得られる上に、宮﨑駿監督作品から感じ取れる火や水や風といったエレメント存在や、昨年11月に愛知県にできたジブリパークの見所なども掲載されていて、ジブリや宮﨑駿作品への感心をかきたててくれる。だからこそ次回作への思いも募る。そんな効果を持った特集号だ。
タニグチリウイチ