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「女同士」に入れなかったからこそ見えたもの|ヘイケイ日記~女たちのカウントダウン

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幻冬舎plus

花房観音 「女子向け」「女性へのおすすめ」などとタイトルがついている本や映画の紹介を見ると、ことごとく惹かれなくて、そのたびに「私は女じゃないんか」と詰め寄ってしまいそうになる。 エッセイ等で、「女が集まると、いつも恋バナがはじまる」「女の一番の興味は結婚だ」「女の子はいつだって恋が大好物」などのフレーズを目にすると、セックスへの興味は強くても、恋愛には全く関心がない私は、「女というカテゴリーに入っていないのか」と言いたくなる。

私は女じゃないんか

  子どもの頃から、そうだった。 漫画はいろんな雑誌を読んでいたけれど、一番好きなのは「少年ジャンプ」で、学生時代には本棚に「北斗の拳」など、ジャンプに連載していた単行本が並んでいた。 女子大に入ると、「女の子の好きそうなものに興味がない」に拍車がかかり、周りと話が本当に合わなくて、つらかった。20代の頃の愛読書は、ゴシップ誌「噂の真相」、「週刊ベースボール」「週刊文春」等で、「女性向け」な雑誌とは無縁だった。 同じ時期に、ハマったのが、アダルトビデオだ。同時に、様々なジャンルのエロ本も買い出して、「女でこんなのが好きなんて、誰にも言えない」と、うしろめたさを抱いていた。 学生時代、次々と周りが初体験してセックスを知るようになるのだが、「彼がすごくしたがるから、仕方なく応えた」とか「男の子って、すぐやりたがるよね。私はそんなことない、一緒にいるだけでいいのに」と、体験談はことごとく「女が受け身」だった。処女ながらも自分の性欲を自覚していた私は、自分の形はどちらかというと「男」ではないのかとまで思っていた。 だからずっと、私は、自分が「女」であることに違和感があったし、ましてや「女の子」「女子」という生き物とは、自分とは別の種類の生き物だと思っていた。

女は「みんな」の単位ではない 

その後、私自身も様々な経験をし、世の中も変化していって、今なら女が性欲を持つことなんて当たり前だと思う人も増えたし、インターネットのおかげで、世の中にはたくさんの世界があるのを知って、自分は異常! 女じゃない! などと思うことも減った。 それでも未だに、どうしても「女子向け」「女性のための」と冠するものが、苦手だ。ポルノに関しても、女性向け官能小説、AVが、ことごとくハマらない。あと、「女性向け」とされるジャンルで、主に恋愛映画や恋愛小説をすすめてこられるのも、それらのジャンルが苦手な私は、勘弁してくださいとも思ってしまう。 商品を売るために、「女性向け」というカテゴリーをもうけるのは、間違ってはいない。そうしないと売れない場合もあるし、女性向け官能小説やAVなどは、そうやってカテゴリーを作ることによって、手に取りやすくなる。 こうしたコラムやエッセイのタイトルを「女はみんな」とするのも、わかりやすく、多くの人に読んでもらうためには必要なことではある。 けれど、そのような商業用の目的以外で、普段「女」という大きな主語を当たり前に使い、自身の「女」というカテゴリーに当たり前に他人を入れていることに違和感がない人を見ると、「この人は、自分が『女』であることに、私のように疎外感や違和感を抱かずに生きてこられた人なんだな」と、どうしても羨望交じりの冷めた目で見てしまう。

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