「死神」と批判されても―― 750人以上の安楽死を手助けしたスイスの医師 強い信念と重たい負担
安楽死を中止したケースも 1人は日本人
苦しい立場に置かれながらも、助けを求める人に耳を傾け、「尊厳ある死」を手助けしてきたプライシックさん。これまで携わった約750件のうち、直前で中止したケースが2件ある。そのうちの1人が日本人女性のくらんけさん(仮名・当時30)だ。 難病患者のくらんけさんは、安楽死するために父親とともにスイスにきたが、致死薬入りの液体を口にしながらも、残された家族の身を案じて泣きじゃくってしまった。その様子を見たプライシックさんが、安楽死を中止したのである。 「私は患者に100%の意思がなければ安楽死を認めません。99%では足りないのです。彼女は残すことになる両親を思い、100%の心の準備ができていませんでした。『どうしても死なせてほしい』と泣きすがりましたが、私はプロとして認めるわけにはいきませんでした。彼女にもう1度、日本に帰って考えてもらいたかったのです」
新規受け入れは終了 医師の重い負担
プライシックさんは2022年11月、ライフサークルの新規会員の受け入れを終了することを突如、発表した。設立から10年が過ぎたこと、安楽死を認める国が増えたことや、定年を迎えたことなどを理由に挙げている。だが、詳しい心境については触れられていなかった。 新規会員の受け入れを終了した真意は何のか。私は翌月、スイスにいるプライシックさんのもとを訪ねた。 1年半ぶりに再会した私を笑顔で迎え入れてくれたプライシックさん。その表情は、どことなく、ホッとしているようにも見えた。 「10年以上取り組んだし、一定の役割は果たしたと思います。すでに会員登録している人については、引き続き安楽死の手助けすることも約束しています」 これ以上、続けることに耐えられなくなったのかと聞いた私に、こう答えた。 「安楽死の手助けは精神的負担が大きすぎます。『死神』と批判する人がいますが、私はホームドクターとして生計を立てているのです。生活のためにできる仕事ではありません。もしそうだとしたら、私は苦しくなって自殺していることでしょう」