「死神」と批判されても―― 750人以上の安楽死を手助けしたスイスの医師 強い信念と重たい負担
父が安楽死 涙止まらずとも「納得」
安楽死を遂げる日を迎えた。プライシックさんは「もう旅立ちたい」という父親の願いを受け入れたとき、涙が止まらなかったという。当日の朝は涙を隠して「今日は大切な日よ。自分で決めたんだものね」と声をかけると、父親はその手を優しく握ってくれた。 昼食では大好きなチーズを目を細めながら口にした父親。ソファに腰を掛けて、安楽死団体が処方した致死薬を一気に飲み込んだ。直後にテーブルを叩いて「ワイン」と大声を上げ、用意されていた好物の南フランス産の赤ワインを口にする。その数分後、安らかに息を引き取った。 「父が亡くなってしばらくは、心の整理がつきませんでした。しかし、時間とともに幸せな死の迎え方だったなと感じることができ、家族も納得できるのであれば安楽死は間違ってなかったなと思うようになりました」
欧州などで広がる「安楽死の合法化」
プライシックさんは父親の安楽死を手助けした団体で6年間、スタッフとして働いたのち、2011年にライフサークルを設立した。海外からの安楽死希望者も受け入れていて、会員数1500人のうち62人が日本人だ。13年間で7人の日本人を含む750人以上の安楽死を手助けしてきた。 安楽死は2002年に世界で初めてオランダで合法化されたのを皮切りに、ベルギー、スペインなどヨーロッパの国が続いた。次第にカナダ、コロンビア、ニュージーランドなどにも広がりを見せ、法制化されずとも事実上、安楽死が認められる国や地域は世界で10か国以上に上る。 スイスでは、国内の主要な3つの安楽死団体が発表した年間の死亡者数は1500人超。医師が患者に薬物を投与して死に至らせる行為は禁止されているため、処方された致死薬を患者本人が体内に取り込んで死亡する。
「死神」と批判され 心折れかかった過去
プライシックさんは、安楽死に反対する団体から「死神」と批判されることも少なくない。また、外国人の安楽死希望者を受け入れているため、スイスが「自殺ツーリズム」を助長しているとの指摘もある。死のビジネスが横行する懸念をもたれているのだ。 スイスの安楽死団体はいずれも非営利団体が実施していて、財源は会費と寄付で賄われている。ライフサークルでは1回の安楽死にあたり、患者が支払う費用のうち団体に残るのは1000スイスフラン(日本円約17万円)ほど。残った資金は老人ホームへの寄付金に充てているという。財団法人であるため、年に2回、政府による帳簿のチェックも受けている。 「お金のために安楽死を手助けしていると、私たちは何度も批判されてきました。しかし、お金を儲けたいのであれば、こんな辛い仕事は割に合わないでしょう」 2016年には精神疾患がある患者の安楽死を手助けしたとして殺人などの罪で起訴されている。1審では執行猶予付きの有罪判決を受けたが、2審で死の直前のやりとりを撮影した映像で患者に判断能力があったと認定され、無罪が確定した。 「法廷の証言台に立ったとき、『なんでこんな目に遭わなければならないのか』と心が折れました。この仕事を辞めてしまおうかとまで思いました」