「死神」と批判されても―― 750人以上の安楽死を手助けしたスイスの医師 強い信念と重たい負担
「日本で安楽死できたらいいのに」 スイスの安楽死団体「ライフサークル」代表で医師のエリカ・プライシックさん(66)は、まもなく安楽死を遂げようとしている日本人女性(64)の顔をじっと見つめて言った。 致死薬入りの点滴をつけたその女性は「その通りね」と笑みを浮かべたあと、自ら点滴のバルブを開けた。
女性の肩や頬を優しく撫でて、旅立ちを見送ったプライシックさん。750人以上の安楽死を手助けし、「死神」と非難されることもある彼女だが、実はかつて「自殺を手助けしてはならない」という強い思いを持っていた。 (TBSテレビ 西村匡史)
「安楽死は人権の1つ」医師が望む世界での法制化
プライシックさんは、様々な病気をもつ人たちの自宅を訪問して診察するホームドクターだ。軽症・中等症患者の治療を行うほか、終末期の患者に自宅で最期を迎えてもらうようサポートすることも少なくない。 その一方で、自らが代表を務める安楽死団体「ライフサークル」を2011年に設立し、患者の死期を積極的に早める安楽死の手助けをしてきた。 2021年8月、ロンドン特派員として安楽死の取材を続けていた私は、スイス・バーゼルのホテルで初めてプライシックさんと会った。 待ち合わせ場所のホテルのロビーには、ソファに座ってノートパソコンで慌ただしくし仕事をしているプライシックさんの姿があった。身長160センチほどで細身の彼女は、「死神」と揶揄されることもあるイメージとは程遠かった。 インタビューの冒頭で、私は日本を含む海外からの安楽死希望者を受け入れる理由について尋ねた。 「安楽死は人権の1つだからです。人は誰でも、いつ、どこで、どのように死にたいのかを決めることができるはずです。重い病気を患ってスイスを訪れる人は、渡航が困難な人たちです。母国で死を迎えることができれば、スイスまで来る必要はありません。安楽死は世界中で合法化されるべきです」
病に苦しむ父を見て 望んだ「尊厳ある死」
プライシックさんが安楽死に携わるようになった背景には、彼女自身が経験した辛い過去がある。 スイス・バーゼルで生まれた彼女は、6歳の時に母親を脳卒中で失った。写真家の父親は7人の子どもをシングルファザーとして育て上げた。「体を張って家族を守り抜く強い人」。プライシックさんにとって、自慢の父親だったという。 そんな父親は78歳の時に脳卒中を患って右半身の自由を失い、その5年後に2度目の脳卒中で失語症に。それ以来、寝たきりの生活を余儀なくされる。絶望に陥り、家の中にある全ての錠剤をかき集めて、ワイン2本とともに流し込んで自殺を図った。 「父は一命を取り留めたものの、現場を目撃した私は激しいショックを受けました。しかし20年以上、緩和ケア専門の医師を務めてきた私には『自殺を手助けしてはならない』という強い思いがありました。『お願いだから死なないで』と泣いて頼むしかありませんでした」 「生きてほしい」と父親に懇願してきたプライシックさんに、大きな転機が訪れる。ある日、父親が機関車の写真をプライシックさんに渡し、左手で自身の首を絞めるしぐさを見せたのだ。電車に飛び込んで自殺するつもりであることを理解したプライシックさんは、体の震えが止まらず、父親の顔を見ることができなくなったという。 「人はここまで苦しい思いをして、生きる必要があるのでしょうか。最悪の事態になるのであれば、尊厳ある死で看取りたいと思うようになりました」 プライシックさんがスイス国内の安楽死団体に問い合わせたのち、父親は自ら団体に安楽死の希望を伝え、認められた。