開花が遅れたもののバラエティー豊かなイタリアの幻想小説(レビュー)
『19世紀イタリア怪奇幻想短篇集』(橋本勝雄編・訳)は、時代と創作の関係に改めて興味を持たせる一冊だった。 ヴィットリオ・ピーカの「ファ・ゴア・ニの幽霊」は、非情な条件を受け入れて、魔術で異国の情景を見せてもらう男の話だが、アジアのさまざまな要素を取り混ぜた日本が出てきてなんとも奇妙な味わい。アッリーゴ・ボイト「黒のビショップ」は遊びで始まったはずが鬼気迫る展開となるチェスゲームの行方、カルロ・ドッスィ「魔術師」は死への恐怖にかられた男の皮肉な顛末を描く。オーソドックスな話からSF的作品までバラエティー豊かだが、本篇と同じくらい編訳者の解説が面白い。イタリアで幻想小説の開花が遅れた理由について諸々の根拠を挙げつつ、〈あえて乱暴な単純化をすれば、一八六一年にイタリア統一がなされるまで、政治的実践とナショナリズムが、悪魔や幽霊が登場する幻想の余地を文学に残さなかったといえるかもしれない〉と語り、なるほどと思わせる。
他にも、時代背景を思わずにはいられないイタリアの短篇集がある。『天使の蝶』(関口英子訳、光文社古典新訳文庫)のプリーモ・レーヴィは作家であり化学者であり、アウシュヴィッツ強制収容所からの生還者でもある。表題作は不気味な人体実験を彷彿させる内容で、他には家畜が人間の作成した文書等の検閲を行う「ビテュニアの検閲制度」や、「詩歌作成機」というタイトル通りの機械が登場する会話劇など、読み心地はさまざまだが、どれも人間の傲慢さに対する皮肉を感じる作品が並ぶ。
20世紀の巨匠モラヴィアの『薔薇とハナムグリ シュルレアリスム・風刺短篇集』(同)も批判性を感じる一冊。表題作は、母ハナムグリに自分たちは高潔で、薔薇の花を食べるのが当然と懇々と諭された娘ハナムグリが、実はキャベツが好きだと言い出せずにいる。ファシズム政権下で政権・社会批判を込めて書かれたものだろうが、描かれる同調圧力やマイノリティへの不寛容さなど、今の日本社会に通じていてぞっとする。 [レビュアー]瀧井朝世(ライター) 1970年生まれ、東京都出身、慶應義塾大学文学部卒業。出版社勤務を経てライターに。WEB本の雑誌「作家の読書道」、文春オンライン「作家と90分」、『きらら』『週刊新潮』『anan』『CREA』などで作家インタビュー、書評、対談企画などを担当。2009年~2013年にTBS系「王様のブランチ」ブックコーナーに出演。2017年10月現在は同コーナーのブレーンを務める。 新潮社 週刊新潮 2021年2月11日特大号 掲載
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