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ミステリーファンから一般読者まで満足させる戦後派ミステリー

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Book Bang

 このところ、昭和前期=戦前派のミステリーの発掘と、昭和後期=戦後派のミステリーの再評価に余念のないのが光文社文庫である。  前者でいえば〈ミステリー・レガシー〉として、『平林初之輔 佐左木俊郎』の合集が、そして、後者では〈昭和ミステリールネサンス〉として仁木悦子の短篇集『死の花の咲く家』が刊行されている。  平林、佐左木ともに本業はミステリー作家ではなく、平林はプロレタリア文学に興味を寄せ、佐左木は農民文学の書き手。ミステリーにも端倪すべからざる実力を示したが、惜しくも二人とも三十代で夭折している。“レガシー”というシリーズ名の面目躍如たる一巻といえよう。

 一方、仁木悦子は、江戸川乱歩賞が長篇公募に変わった第三回に『猫は知っていた』を投じて受賞。以後、ミステリーは健全な娯楽作品という信念を貫き通した作家であった。というのは、自身、胸椎カリエスのため怒りの作家となることは簡単だったはずだが、それを潔しとせず、動物愛護のデモには車椅子で参加し、自身の体験から、戦争で兄を喪った妹たちの会〈かがり火の会〉の代表となり、文集『妹たちのかがり火』を第三集まで刊行、障害者たちの戦争体験を『もうひとつの太平洋戦争』にまとめた篤志の人だった。山前譲の解説によれば、五十八歳で死去した際、青山葬儀所は、社会的活動の同志たちで埋め尽くされたという。  つまり、何を云いたいかというと、彼女は、現実と創作をきちんと分け、作品は自分のためというよりは、読者の楽しみのために書き続けた。今回の復刊も、シリーズキャラクターの吉村記者が活躍する表題作以下、単行本未収録の「隠された手紙」と四篇のショートショートなどバラエティに富んだ構成でミステリーファンから一般読者まで満足することは間違いない。

 そして、地味だが、手堅い本格派の作品として中町信の『偶然の殺意』(徳間文庫)がある。遺産相続をめぐる四重連続殺人が描かれており、快調なテンポと謎ときが一体となった颯爽たる一巻といえよう。 [レビュアー]縄田一男(文芸評論家) 新潮社 週刊新潮 2020年5月28日号 掲載

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