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チャールズ・バークレー、「望むものは何でも準備する」と過去にダーク・ノビツキーを母校オーバーン大に勧誘

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2011年にダラス・マーベリックスを優勝に導いたドイツ出身のダーク・ノビツキーは、NBA入りする以前、ドイツのプロリーグでプレイし、1998年のドラフトで指名を受けた。アメリカの大学ではプレイしなかったノビツキーだが、現在テレビ解説者として活躍するNBAレジェンドのチャールズ・バークレーは、母校のオーバーン大にノビツキーを入学させようと熱心に働きかけていたようだ。 バークレーがノビツキーを勧誘していた話を、『The Athletic』のサード・ユースフ記者が以下のように伝えている。 初めてバークレーがノビツキーのプレイを見たのは、1997年にドイツで開催されたナイキのエキシビションゲームでのこと。その時、自分をはじめ、スコッティ・ピッペン、マイケル・ジョーダンらNBAのスター選手を相手に何度も得点を奪うノビツキーに、バークレーは強い感銘を受けたとしている。 その後、バークレーはすぐにナイキに電話をし、あらゆる手を使ってノビツキーと連絡を取ろうとした。2012年にバークレーは「私はノビツキーに『君が望むものは何でも準備するから、オーバーン大に進学してくれ』と伝えたんだ」と当時を振り返っている。 バークレーの熱烈な勧誘は、これだけでは終わらなかった。バークレーは、当時オーバーン大のヘッドコーチ(HC)だったクリフ・エリスに連絡し、ヨーロッパの無名なティーンエイジャーのために、特別なプログラムを新たに創設するように進言したのだった。 『NBC Sports』のカート・ヘリン記者によると、エリス元HCは実際のプレイを見ていないにも関わらず、バークレーの言葉を信じてノビツキーの獲得に乗り出したそうだ。ノビツキーには、ケンタッキー大や、スタンフォード大といった名門校も目をつけていたが、最終的にアメリカの大学には進学せず、1998年のNBAドラフト1巡目全体9位でミルウォーキー・バックスに指名され、ドラフト当日にロバート・トレーラーとの交換でマーベリックスに加入している。 1997-98シーズンのオーバーン大は、29勝4敗でNCAAトーナメントの第1シードになり、2名(ママドゥ・エンジャイ、クリス・ポーター)のNBA選手を輩出。もし、このチームにノビツキーが加わっていたら、NCAAの歴史に残る強豪チームのひとつになっていたかもしれない。

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