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「山奥ニート」のリアル#7 「山奥ニート」が年収30万円でも貧乏だと感じない理由

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本がすき。

和歌山県の限界集落で集団生活を営む「山奥ニート」。 集落のお爺さんやお婆さんのお手伝いなどをしてお小遣いを稼ぎ、なるべく働かずに生きていくことを実現した彼らの暮らしを、『「山奥ニート」やってます。』(石井あらた著・光文社)から全12回にわたって紹介します。

僕の収入はとても少ない。 年収にしたら、30万程度なんじゃないかと思う。 だけど、貧乏だとは感じない。 山奥には無料の食べ物がたくさんあるからだ。 限界集落である僕らの家の周りには、耕作放棄地がたくさんある。 僕らがここに越してきたとき、自由に使っていいと言われたのは、楽にサッカーコートが3つ作れるほど広い敷地だった。 情けないことに、僕らが今実際に畑として有効利用できているのは、そのうちのほんの一部。5×5mほどの範囲に収まる。 本当はもっと大々的に開拓して、農業として収入を得るべきなんだろうけど、誰もやろうとしない。何人かが挑戦してみたようだったけど、すぐにやめてしまった。 ニートに本格的な農業は難しい。 とは言え、家庭菜園レベルなら、そう難しいことじゃない。 人類が誕生してから200万年。その間に品種改良された野菜は、楽においしくできるようになっている。ナスやプチトマトなんかは、驚くほど簡単に実ができる。 初夏の季節には、山奥ニートの有志を数人集めて、畑を耕す。 普段体を動かさないニートがクワを振るうと、とてもしんどい。 僕は山奥ニートの中でも、自他ともに認める一番使えない奴。すぐ体力が尽きて、結局やるのは最初の1時間だけ。 あとは周りでうろうろ写真を撮ったり、蝶を追いかけたりしている。ごめんなさい。いやいや、記録を取るのも立派な仕事なんです。 しんどいけど、何人か集まってしゃべりながらやるのは、けっこう楽しい。 農作業をやるときは、スピーカーを設置して、みんなの好きな歌を流す。 喉が渇くと、畑の脇に植わっている夏みかんをもぎって、果汁をちゅうちゅう吸う。 それでも、最後はみんなへろへろになって「今日はもう十分やった」と誰に言い聞かせているのか、口々に言いながら作業を終える。 もしひとりでこの作業をやらなきゃいけないんだったら、僕は山奥に住むのを諦める。 山奥でひとりで暮らすほどのたくましさは、僕にはない。 ただのニートが山奥で暮らせているのは、仲間がいるからだ。 今一度、その点を強調しておきたい。 まぁ、こんな作業をするのは年に数回だけ。 基本的に、畑の雑草は伸び放題、殺虫剤も撒かない、ほとんど水やりもしない。 それでも、夏にはぱつんと弾けそうな真っ赤なトマトや、自分の顔が映るほどツヤがあるナスができる。 “自然農法”ってのがあるらしいけど、もしかしたらそれに近いのかもしれないが僕は農業についてまったくの無知なので、よくわからない。 ただ、何年かやっているうちに、だんだんとわかってくることもある。 こういう適当なやり方で上手くいくのは、トマト、きゅうり、ナス、それにピーマンやししとうなどトウガラシの仲間だけみたいだ。 他の野菜は、虫食いがひどくて食べられたもんじゃない。 葉物野菜なんかは、葉脈だけ残して食われてしまう。まるで植物の骸骨だ。 たぶん、あの畑にいる虫の好みなんだと思う。 冬に育てる、にんじんや大根は虫の被害に遭いにくいけど、これはちゃんと肥料をあとから追加しないと大きく育たない。 寒いときに、わざわざ畑に出向こうって気持ちにならないので、毎年放っておかれて、ひょろひょろの情けない根菜が収穫される。 それに、大きな根菜を作るには、畑を深く耕さなきゃならないので、大きな耕運機がなきゃ無理かもなー、なんて僕らは話している。 一番良いのは、やっぱりじゃがいも。 どれだけ雑に作っても、掘り出せばほら、毎回どっさり芋が採れる。 去年植えた種芋は腐りかけていて、今回ばかりはダメかと思ったが、たくましいもんで、ちゃんと育ってくれた。 ただ、山なかでこうした農作物を作る場合、ひとつ他の場所とは違う問題がある。 それは獣害。 シカやイノシシたちは、常に僕らの畑を狙っている。 日が沈めば、この土地は人間のものではない。 僕らの家の玄関のすぐ前まで4~5頭の群れがやってきて、走り回る。 柵で囲われていない畑は、シカやイノシシにとって最高の食堂だ。 悔しいけど、何度も被害に遭っている。 たとえ、隙なく囲ったつもりでも、強風や雑草の成長でガードが緩んで、そこから侵入される。 あいつらは、一本まるごと食べずに、自分たちが食べやすい高さの部分だけを食べる。 だから、シカの被害に遭った畑は、まるで芝刈り機を使ったかのように、一定の高さに切り揃えられている。 そうして、シカに一部でも食いちぎられた葉は、唾液のせいでそこから腐って全部がダメになってしまう。 ちゃんと残さず食べるなら、少しくらい分けてあげてもいいのに!  本来、野菜を作るために必要なお金なんて、種代と肥料代だけのはずなのに、柵の材料費が加わると、とたんに経費は膨れ上がる。 僕らは集落の人から使わなくなった柵をもらったり、廃材を組み合わせたりして工夫しているけど、やっぱり防御力は落ちる。 まぁでも、これだけ近くまでシカやイノシシがやってくるのは、考えようによっちゃチャンスでもある。 だって、無料で食べられる肉が、そのへんを歩いているのだ。 山奥ニートの何人かは、罠の狩猟免許を取った。 若い猟師は、集落の人にも喜ばれる。シカは集落共通の敵だ。 昔はどの集落にもひとりは猟師がいたそうだ。 統計を見ると、1975年に約47万人いた60歳未満の若い猟師は、2015年には約7万人台になった(環境省「年齢別狩猟免許所持者数」より)。 罠の狩猟免許は案外簡単に取れるらしく、うちの住人はみんな一夜漬けで合格していた。 曰く、原付の免許と同じくらいの難しさ、らしい。 高齢化で猟師を引退する人が多いので、罠を譲ってもらうこともよくある。 ワイヤーを使った簡単なくくり罠でさえ、ひとつ5000円以上するので、ありがたい。 鉄製の箱罠も、もう何年も貸してもらったままだ。 捕まえた獲物を捌くためのナイフもたくさんの種類を譲ってもらった。でも、狩猟免許を取った人はみんなマイ・ナイフを買う。 まぁ、気持ちはわかる。なんか格好いいもんね。 街なかのナイフは部屋で眺めるしか使いみちがないけど、山奥では実用的な道具だ。自分たちの畑を守るための武器だ。 地域の猟師さんはカッターナイフを使ってるけどね。 切れ味が落ちても、すぐ刃を替えられるから便利らしい。 シカやイノシシが人里に現れるようになった理由にはいろいろな説があるけど、一番よく言われるのは「植林された杉だらけで、実をつける広葉樹が減って食べ物を求めて人里に来るようになった」というものだ。 集落の人もよく言っている。昔はもっと山から山菜やきのこが採れた。今の山は貧しくなった。 僕は山奥に来たばかりだから、比べることはできない。 でも、杉が垂直に立ち並ぶ山は、どう見ても自然物には見えない。それよりは、大きな建築物のように見える。これはこれで美しい、と思う。 僕みたいな素人では、この植林された森の中で自生する山菜を見つけるのは難しい。 だけど、集落の周りには食べられる植物がいくつも生えている。 きっと昔この集落に住んでいた人が植えたんだと思う。 大戦中の食べ物がないときに植えられたのか、それとももっと昔から飢饉に備えて植えられているのか。 わからないけど、今じゃこれを採って食べる人はほとんどいない。 集落の人も、旬を感じるためにゼンマイや松茸を採って食べるけど、それ以外の食べられる野草にはあまり興味がない。 僕が好きなのは、ユキノシタ。 集落の日当たりの悪い石垣を覆っている、丸い葉っぱの植物だ。 近づいてよく見ると、葉脈や茎は血のように赤くて、短い毛がびっしり生えている。 不気味な見た目だけど、食べるととってもおいしい。 薄く衣をつけて、カリッと揚げて天ぷらにする。 葉っぱなのに、モチモチとした不思議な食感をしている。 山菜らしいクセがまったくないうえ、アク抜きなどの下ごしらえも一切要らない。 この楽さがニートにとっては一番大事な要素だ。 ゼンマイやセリもよく生えているけど、アクを抜いたり泥を落としたり、下処理が面倒だ。 半日かけて野草を食べるくらいなら、スーパーで100~200円の野菜を買ったほうがいい。 本当にお金に困ったら、なんだって食べるけど、今はまだいいかな。 僕らが食べるのは簡単に食べられる野草ばかり。 家の下からはスベリヒユが伸びてくる。 ピンク色の茎が特徴の、地面を這うように生える多肉植物だ。 茎を茹でて刻むと、オクラのようなぬめりが出てくる。これをめんつゆと一緒にごはんにかけて食べるとうまい。 秋になれば栗、柿、柚子などたくさんの実りがある。 何十年も前に植えられたものだけど、今じゃ採る人がいない。 だから、猿がやってきて全部食べてしまう。 果実に惹かれて里へやってきた猿は、女性やお年寄りが近づいても、逃げずに逆に威嚇してくる。 これじゃご先祖様も浮かばれない。 猿が食べるくらいなら、我々ニートがありがたく食べさせてもらおう。感謝感謝。 この集落には、自然薯掘りの名人がいた。でも少し前に亡くなってしまった。 この集落は年々人が減っていく。技術が毎年、失われていく。 昔、自然薯や松茸が採れる場所は誰にも教えなかったそうだ。 でも、今はみんな教えてくれる。 高齢になった集落の人が採りに行くのはしんどいし、たくさん採っても自分だけじゃ食べ切れない。 今だけだ。 あと10年したら、先人たちが長い時間をかけて発見した知識は忘れ去られてしまう。 僕らにとって、門外不出の極意を教えてもらえる最後のチャンス。 人が少なくなった今だからこそ、山にはおいしい話が転がっている。 それらを集めたら、21世紀の今だからこそできる狩猟採集があるかもしれない。

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