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日本を熱狂させた魂のバトンパス。リオから東京に繋ぐ37秒60の記憶。

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全員が高い走力を持っていたから。

 選手たちの自信の根拠となっていたのは、今季の自分たちの走力向上の手応えだ。桐生祥秀は今季も自己ベストタイの10秒01を出し、山縣とケンブリッジ飛鳥、飯塚は自己新を出していて調子も良かった。  さらに、バトンパス技術の向上もあった。以前のほぼ並んで受け渡しをするスタイルだったものを50~60cmの間隔を開けて行い、その利得距離を得ようとする、改良型アンダーハンドパスヘの取り組みも合宿で精度を高めていた。その結果、バトンを受け渡しするテイクオーバーゾーンに前後10mを加えた40m区間の受け渡しタイムは北京五輪の時に3秒75かかっていたが、今回は合宿では3秒6台を連発するまでになってい た。それを可能にしたのは、全員が同等の高い走力を持っていたからだった。  そんな4人に日本陸連の苅部俊二短距離部長が決勝へ向けて提案したのが、バトンを受ける側のスタート場所の目安とするマーク位置を延ばすことだった。予選で37秒台は出たが、バトンパスが少し詰まっていたからだ。苅部部長はこう説明する。 「ロンドン五輪も決勝は勝負しようと半足長延ばしたが、選手が延びたことを意識して思い切り出られず逆に詰まってしまった。だからミーティングでそれも説明して選手自身に決めさせ、2走と3走を4分の1廷ばして4走は2分の1と、今までに使ったことのない微妙な単位の修正を加えた」

世界を驚かせた、日本の疾走。

 選手もスタッフも攻めの意識を持って臨んだ19日の決勝。山縣は得意のスタートダッシュで飛び出し、1走としては世界トップクラスの10秒2台前半で走った。2走の飯塚は強豪揃いの中で多少巻き返されたが、3走の桐生が外側のレーンのふたりを抜く勢いのある走りをみせてトップの位置でつなぐと、ケンブリッジは「ボルトにバトンをぶつけてしまって少しバランスが崩れた」が、追い上げるアメリカを僅かに抑えてジャマイカに続く2位でゴールした。アメリカは失格となったが、先着した事実は世界歴代3位の37秒60の記録とともに世界を驚かすものだった。 「北京の銅の時は獲れるかどうかギリギリの状況で、選手たちは誰もメダルという言葉を口にできない異様な雰囲気だったが、今回は『やれる』という気持が先行していて緊張感もなかった。本当に狙って獲ったという感じのメダルだったと思う」と苅部部長は話す。山縣は「僕は手を伸ばすパスになったが飯塚さんはスピードを一切落とさなかった」という。桐生も「みんなの信頼関係が最高で、練習でもバトンミスはゼロ。それが強みです」と胸を張る。

自分たちを信じきった証のメダル。

 全員の間に「絶対に渡してくれる」「絶対に渡す」という信頼感があったからこそ、自分たちを信じきれていたのだ。  だがこの結果はゴールではなくスタートでもある。「銀の次は金しかない」と、彼らは自ら高いハードルを掲げた。  日本男子短距離の世界への長い挑戦の歴史に、もう1枚の新しいページを記す戦いへの決意だ。 (Sports Graphic Number 9/9特別増刊号 [アジア新で銀メダル]山縣亮太/飯塚翔太/桐生祥秀/ケンブリッジ飛鳥「歴史を変えた魂のバトンパス」より)

(「Sports Graphic Number More」折山淑美 = 文)

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