フローラン・ダバディによる「大坂なおみ」論──彼女は次のクイーンになるでしょう
8月末から9月13日まで開かれたテニスの全米オープン女子シングルスで2度目の優勝を果たした大坂なおみ選手に、『GQ JAPAN』は「アクティビスト・オブ・ザ・イヤー」の称号を進呈することにした。米ミネアポリスで5月25日、警官の暴力により非業の死を遂げたアフリカ系アメリカ人、ジョージ・フロイド氏の尊い犠牲をきっかけに、全米と世界を巻き込んでひろがった黒人差別に抗議する「ブラック・ライヴス・マター」運動の波を受けて、大坂選手は果敢にも、全米オープンのコートに毎試合、人種差別の犠牲者となった黒人の名前をプリントしたブラック・マスクをして登場した。そうして、人種差別に反対する意志を世界に発信しつつ、同時に大会を制したのであった。「GQ MEN OF THE YEAR」の受賞に寄せて、スポーツジャーナリストで、なおみウォッチャーのフローラン・ダバディが、大坂なおみの「いま」と「これから」を語る。 【記事全文を写真つきで読む!】
大坂なおみが、動いた!
ハイチ出身のお父さんと、北海道出身のお母さんが札幌で出会って、大阪に引っ越して、そこでお父さんがときには差別にあって、お母さんは日本が大好きだったけど、最終的には彼女のテニスのためにフロリダに引っ越したほうがいいということでフロリダに行った。そうしたら、お母さんが間接的な差別を経験した──。 大坂なおみのそんな記事が全米オープン初優勝を飾った2018年の大会前に、「ニューヨーク・タイムズ」が週末に発行している「T」というマガジンに掲載されて、彼女が初めて表紙にもなったことがありました。彼女には葛藤があって、やりたいことははっきりしている。この記事を読んだときから僕はそう思っていました。彼女は一見、不思議ちゃんで、柔らかくてユーモアもあって、可愛らしいひとだけど、ハートはすごく熱い。その記事から2年、今回の全米オープンで、彼女は思っているだけではなくて、思っていることを、ついに行動に移したのです。 オリンピック同様、ATP(男子プロテニス協会)もWTA(女子テニス協会)も、選手がコートで政治的なメッセージを発することは一切許さない、という暗黙の了解がこの20年間、ありました。でも、彼女がとても賢かったのは、マスクに人種差別による犠牲者の名前を書いたことです。そして、これは政治ではなく、人権の問題である、ともソーシャルで発信しました。それでもパンデミックではない、ふつうの日常がある状況だったら一発アウトだったでしょう。コートに入った瞬間にレフェリーからストップがかかったはずです。 じっさい、大坂なおみがあの姿で現れた瞬間、関係者はみんなパニックになったのではと思います。全米オープンの主催者はパンデミックで批判のあるなか、無観客で開催を強行しました。さらにESPNも視聴率をとるために話題を提供する必要があった、ということもあったでしょう。これは僕の推測ですけど、そして、ジャーナリズムをテーマにしたアメリカ映画みたいですが、なおみのマスクを見た誰か責任者が、「大丈夫。このままいこう!」と決断したのではないか。そして、次の日、それがすごく大きな話題になった。これは結果的にウィン・ウィンでした。