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「テレビから消えた」元民放アナ、週5日バイトの日々 フリー再出発でコロナ禍に「それでも充実です」

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フリーで再起、コロナが直撃

その中でも失わなかったのが(往生際が悪いとも言えるが)「アナウンサー庄野数馬」として生きていくことだった。2018年4月、テレビ大阪・東京営業局に異動になり東京へ。学生時代を駆け抜けた街、東京。お世話になった方々にご挨拶し、ご指導いただく中で描き始めたのが「フリーアナウンサー」に転身する事だった。 迷うことはなかった。もう一度、アナウンサーとして挑戦するために昨年8月、テレビ大阪を退社。映像制作兼PR会社へ転職した。そこではフリーアナウンサーとして司会やナレーションの業務をする一方で、番組やイベントを「作る側」の勉強をさせてもらった。いわゆる、ADの仕事から始め、動画編集など、ディレクター業務も覚えさせてもらった。さらに営業マンとして、電話アポや飛び込み営業など、これまで経験してこなかった「自分に足りない部分」を鍛えてもらった。 そして今年1月、AbemaTV(現・ABEMA)で「世界テニス」の実況をさせてもらったことを期に、「もう一度、しゃべり一本でどこまで勝負できるか挑戦したい」という気持ちが強くなった。3月に脱サラし、4月から完全フリーの個人事業主に。とにかく世の中にある「しゃべりの仕事」をかき集めて、現場を走り回りたい。自分の声を、トークを必要としてくれる方々の期待に応えたい。そう思っていた矢先……。 出会い頭で新型コロナウイルスの感染拡大。見積もっていたイベントなどの司会の案件が全て飛んだ。頭が真っ白になった。

挑戦ができることに感謝

そんな中、この苦しい状況にもかかわらず私を救ってくれたのが仲間のケンちゃんだった。彼が店主を務める東京・神楽坂にある「神楽酒」という居酒屋で今は平日の夜、毎日働いている。慣れない皿洗いで手はボロボロだ。昼間の仕事をしてからの立ち仕事で、体力的にも楽ではない。 でも、とても充実している。お客さんとの出会い、「一対一」での会話がアナウンサー時代に比べて圧倒的に増えた。今は「目の前の人、一人一人と向き合う時なんだ」と。 ミクチャに関してもそうだ。配信では相手の顔は見えないが、リアルタイムでコメントが届き、それに私が答える。しっかりと「会話」が成立するのだ。それに完全自己責任の個人事業主だからこそ出来る配信がある。届けられるメッセージがある。そう信じて、見ている方に少しでも元気になってもらえるよう毎日、こちらも元気いっぱいにお届けしている。 「アナウンサーの自分に何ができるのか」。日々、考える中で、オンラインでの話し方教室も始めた。ここではアナウンサー志望者だけでなく、企業の経営者からも相談を受けている。どんなに立場がある方でも、人前で話すことは緊張するものだ。これまでの経験、私が諸先輩方に教わってきたことを画面越しでお伝えしている。 さらに、子育て支援オンライン配信サイトと一緒に、「オンライン絵本の読み聞かせ教室」を開催している。絵本作家さんに直々交渉して「参加者×作家さん×アナウンサー」が一緒に学べる配信を実現した。 サラリーマン時代の給料にはまだまだ追いついてはいない。それでも、挑戦ができることに感謝をし、今日もYouTubeにミクチャにSNSに、私のメッセージを発信していく。

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