Yahoo!ニュース

IDでもっと便利に新規取得

ログイン

足立区議会議員の炎上問題 江戸時代ならどうなった?【神楽坂淳の新「異説まちまち」】

配信

  • この記事についてツイート
  • この記事についてシェア
日刊ゲンダイDIGITAL

【神楽坂淳の新「異説まちまち」】  足立区の議員が性的マイノリティーの問題で炎上しているらしい。マイノリティーの問題よりも、「普通の家庭」という言葉にひっかかって炎上したらしい。議員の普通はもう普通ではないということのようだ。 「普通」という言葉にまで気を使わなければいけない議員が気の毒な感じもする。  江戸時代は、「普通」という感覚が普通にあった時代である。江戸時代にはもちろん「普通」という考えが一般的であった。ただし、いまのように「日本全国一律の普通」などというものはない。  武士には武士の普通、商人には商人の普通、職人には職人の普通というものがあった。また、住んでいる場所でも、鍛冶屋は鍛冶町、箪笥屋は箪笥町というように職業で決まっていた。いまと違って情報が伝達されないから「地域の普通」の中でやっていたのである。  現代の問題は「普通の範囲」が広すぎることになるのではないか。  そもそも70歳の男性と20歳の女性の「普通」が同じ基準で語られることがおかしいのだ。  江戸時代のよかったのは、普通の感覚を共有できるひとたちが生活の場も一緒だったことだ。食べるものにしても、住んでいる地域で共通の味覚があった。  関東と関西ではかなり違っていた。たとえば正月に新巻き鮭を食べるのは江戸であって、大阪には鮭はない。正月の塩引きの魚はブリである。  鰹も江戸の食べ物で、大阪では生の鰹は食べなかった。顕著なのが雑煮だ。赤味噌、白味噌、すまし汁といった違いがある。餅も丸餅、角餅。はてはあんこ入りの大福まである。  長州藩などは大福の地域があって、それが「普通」であった。文豪の森鴎外なども、飯の上に大福をのせた「大福茶漬け」が好物だったという。これは津和野あたりではわりと普通だったらしい。  もちろん議員であるなら「普通」という言葉は使ってはいけないのかもしれない。だが、普通という認識が消滅したら、誰に向けての政策を立てるのかわかりにくくて仕方ないだろう。  少数の人のための政策に腐心したら多数派が暮らしにくい。  江戸時代は「芳町」はゲイが住む、というように町で分けていた。現代では差別になってしまうのかもしれないが、性的指向で住む町をつくってしまうのもいいのではないか。  もっとも「幼女町」などができたら世界的な問題になりそうだが。 (神楽坂淳/作家)

【関連記事】