元『ブランチ』リポーター、28歳での婚約破棄から年商10億の実業家に「失ったものもあるが、20代より生きやすさを感じる」
『王様のブランチ』(TBS系)のリポーターとして活躍していた福井仁美さんは、明るく活発なキャラクターで、おでかけ・レジャー情報を届ける同番組で欠かせない存在に。しかし、28歳のときに失意のドン底に陥る出来事に見舞われ、芸能界を引退。そこから裸一貫、全国で11店舗のサロンを展開する経営者としての道を確立し、創業から1年半で年商10億円を達成した。実業家として成功を収めた35歳の今、「地黒であることからもがき続けた」というリポーター時代から、コンプレックスと挫折を乗り越え切り開いた30代に至るまで、人生の指針やモチベーションの保ち方を聞いた。 【貴重写真】7年前ブランチ時代…日差しを気にせず、絶叫マシーンをレポートする福井仁美さん ■「地黒の自分は時代に合っていない」キャラを模索したレポーター時代 ━━『王様のブランチ』のリポーターとして活躍されていた20代、地黒であることがコンプレックスだったそうですね。 福井:地黒の悩みは中学生の終わり頃から持っていました。小学生のときはコギャルブームで色が黒いことになんの違和感もなかったのですが、その後、美白ブームがやってきて、まわりのみんながどんどん白くなって「可愛い」と言われているのに、私だけどう頑張っても白くなれなくて。『王様のブランチ』に出演し始めた頃も、ネットに『福井仁美 地黒』とか『福井仁美 日サロ』と書かれたりして、色が黒いことが悪口のように感じられて。とにかく紫外線が怖くて、夏でも長袖を着て、1万円くらいする日傘を買ったり、家にUVシートを貼ったり「とにかく焼けちゃいけない」とできる対策は全てしていました。 ━━リポーターは8年間続けられましたが、“地黒”のコンプレックスとどう向き合っていたのですか? 福井:当時、地黒の自分は時代に合っていないと思っていたのですが、番組側は「それが個性でいい」と言ってくれまして、海や山や太陽を思いっきり浴びるアウトドアのロケ担当としていっぱいキャスティングしていただけるようになったんです。そのうち、自分が求められているのはここなんだって気づけて。でも、最初のうちは、芸能界で生き残っていくためと考えていたように思います。回を重ねるうちに、もともと自分はインドアよりアウトドアが好きだったし、だんだん自分の中で納得感と楽になっていく感覚が大きくなっていって、地黒であることが自分の強みだと認められるようにもなって、最後の3年間くらいは思いっきり楽しんでやっていました。 ━━しかし、28歳で、突然、芸能界を引退されました。 福井:結婚が決まったことがきっかけでした。当時、毎朝3時半に起きてロケに行くというハードな生活が続いていて、相手の方も仕事を辞めていいと言ってくれていたので、仕事をしなくても生活できるなら、いったんやめて家庭に入ってみようかなと思ったんです。 ━━ところが、その結婚が式直前に破談となって……。 福井:『王様のブランチ』では「卒業します」と発表してしまっていたし、暮らし始めていた新居は家具から家電までほとんど相手のものだったので、仕事もなければ、自分の持ち物もほとんどない状態で家を出なければならなくなって、もう、お先真っ暗でした。貯金はありましたけど、これからどうなるかわからないから使う勇気がなくて、とりあえず、すごく狭い部屋を借りて、犬と枕と洋服だけ抱えて移り住みました。