池田理代子、ヒットする自信があった『ベルサイユのばら』、夢をあきらめるために描いた『オルフェウスの窓』を語る!
1972年に『週刊マーガレット』(集英社)にて始まった『ベルサイユのばら』。わずか2年の連載期間ながら、少女マンガ界に旋風を巻き起こした愛と革命の物語は、連載から50年以上たった今なお国境や時代を超えて読者の心を揺さぶり続けています。来春には劇場アニメ『ベルサイユのばら』が公開されるなど、今なお存在感を放ち続ける名作を生み出した、マンガ家・声楽家の池田理代子先生にインタビュー! 元マンガ誌編集者で、京都精華大学新世代マンガコース非常勤講師も務めるライターの山脇麻生さんが聞き手となってお話を伺います。〈yoi3周年スペシャルインタビュー〉 『ベルサイユのばら』『オルフェウスの窓』『クローディーヌ…!』池田理代子が生み出した作品たち(画像)
自分が描きたいから描く。編集部が反対しても、ヒットする確信があった
『ベルサイユのばら』story 1770年、オーストリア帝国・ハプスブルグ家の皇女マリー・アントワネットは、14歳でフランスのブルボン家に嫁ぐ。王太子妃となったマリーを護衛するのは男装の麗人オスカル・フランソワ・ド・ジャルジェ。その傍らには幼い頃より魂を寄せ合ってきた使用人のアンドレ・グランディエがいた。ある夜、アントワネットは仮面舞踏会でスウェーデンの貴公子フェルゼン伯爵に出会い、ひと目で恋に落ちる。一方、街では困窮した市民による革命の気運が高まっていた――。
――今回は、「yoi」の3周年のスペシャルインタビューとして、池田先生にお話を伺っていきたいと思っています。「yoi」のメインの読者は20代後半から30代ではありますが、幅広い層の方に読んでいただいています。 池田先生:そんな若い方、私のことなんて知らないでしょう。 ――いえいえ。来春は劇場アニメ『ベルサイユのばら』が公開されますし、韓国で公演中のミュージカル『ベルサイユのばら』も大好評だとか。企業とのコラボも多く、つい先日、友人からレトルトの『ベルサイユのばらカレー』をもらったばかりです。30代の「yoi」編集部員も先生の大ファンで、『ベルばら』とSNIDEL HOMEのコラボグッズを買ったとうれしそうに見せてくれたりして、もはや私たちの生活に浸透している感すらあります。池田先生は、ご自身の作品がそうやって愛され続けている状況をどのようにとらえていらっしゃるのでしょう? 池田先生:50年も前の作品ですし、47歳で音大(東京音楽大学声楽科)に入学して、『ベルサイユのばら』40周年のとき(2012年)に、「これは描きたい」ということで『ベルサイユのばら エピソード編』を描いて、そこからすっかり遠ざかっていますので――。ただ、イタリアの文学フェスティバルに呼ばれたときに、「今、イタリアの中堅作家で、『ベルばら』の影響から逃れた人はいません」と仰っていただいたことは印象に残っています。 ――過去のインタビューで何度か答えていらっしゃいますが、高校生のときにシュテファン・ツヴァイクの『マリー・アントワネット』を読んで、いつか彼女の話を描きたいと思っていらしたそうですね。連載の話がきたのでそれを提案したところ、編集部から「歴史ものはあたらない」と言われたとか。 池田先生:はい。「必ずヒットさせること」が条件でした。そこで、手当たり次第に本を読んで、2年ぐらい準備期間を取ってから連載を始めました。 ――当時は男性編集者が多く、今以上に女性の意見が通りにくい現実があったかと思います。その時、どうやって連載への道を切り開かれたのでしょう? 池田先生:そうですね……。私はね、割と幼い頃から、大抵のことはどうでもよかったんです。だから、自分が描きたいから描く。それだけ。シンプルなんです。それに絶対に当たるとも思っていました。ですから、もし、集英社に「ノー」と言われたら、よその出版社に持っていっていたと思います。 ■オスカルのセリフには、当時の自分の気持ちが表れていました ――オスカルをはじめ、先生がお描きになる女性は、困難な状況下でも自分で自分が進むべき道を選び取ります。その存在が、多くの女性読者に勇気を与えたと思うのですが、いかがでしょう? 池田先生:いやいやいや、あまりそういうことは考えたことがなくて。 ――鯱張った主義主張になると人はなかなか耳を傾けないものですが、エンターテインメント性の高い作品の中の躍動するキャラクターを通して、より広く、より多くの人に、そういったことが届いたのではないかと思います。 池田先生:作品を読むことで、自然に身についていくということはあったかもしれませんね。 ――名ゼリフが多いオスカルですが、特に衛兵を率いたオスカルがテュイルリー宮広場に向かうシーンの「人間はその指先1本、髪の毛1本にいたるまで すべて神のもとに平等であり 自由であるべきなのだ」が印象に残っています。 池田先生:オスカルのセリフは、当時の自分の気持ちが表れていることが多いので、思い入れがありますね。 ――そうなんですね。このセリフにどれほど勇気づけられたことか。自分を大事にすることの大切さを教えてもらった気がしていて、「誰の心にもいちオスカルさまを」と思っています。 池田先生:ふふふ(笑)。