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「雑誌SK」アーカイブ|カカ ミランに捧げた愛情

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SOCCER KING

当時のシティは冒険を始めたばかりだった

 シティの申し出には本当に驚かされた。だって大型補強がめずらしい1月の移籍市場でのオファーだよ? これがもし夏の移籍市場だったら、クラブやミラノを離れて、自分の考えをまとめる時間を持てたはずだ。でもシーズン中にそんな時間はない。重要な決断を下すのは難しいんだ。まあ、そんなことを言っても仕方がない。実際、1月にオファーがきたわけだし、僕らはシティとの話し合いの席に着いた。父は何度もイングランドに出向いてマーク・ヒューズ監督やクラブ役員と話し合った。  当時のミランを率いていたのはカルロ・アンチェロッティだった。彼は何が起きているかを把握していたけど、僕の決断を左右するようなことは何も言わなかった。残留すべきとも、移籍すべきとも言わなかった。ただ単に「気分はどうか」、「問題はないか」、「何か助けが必要か」と優しく声をかけてくれた。カルロの思いやりはうれしかったよ。監督は、僕がちゃんと自分と向き合えるよう、そしてチームに影響が及ばないよう、うまくコントロールしてくれたんだ。フットボールの世界で最優先すべきは常にチームだ。僕もそれを理解していたし、常にそれだけは尊重してきた。  これだけははっきりさせておきたい。イタリアで過ごした時間は本当に幸せだった。だから移籍なんてこれっぽっちも考えていなかった。ミラノという街、イタリアという国に満足していた。これ以上ないほど僕は満たされていたんだ。  それじゃあ、なぜイングランドへの移籍を検討したのかって? それはミランがオファーを承諾したからだ。あれですべてが一変した。もしミランが断っていてくれたら、そこで話は終わりだった。クラブが「カカは売らない。金額の問題ではない」と言ってくれたら、どんなに楽だっただろう。勝手にオファーを断られたとしても、僕は怒らなかったはずだ。だって、ミランで幸せだったんだから。でもクラブが「悪くない話だ」と受け入れたのなら、選手だって考えを変える。クラブやファンとの関係性は素晴らしかったのに、「移籍していいよ」と言われてしまったら……。ミランでのキャリアは終わりだと告げられたような気分だった。6年も在籍していたら、そういう日がきてもおかしくない。でも、とにかくタイミングが最悪だった。クラブにとっても1月の補強や売却は理想的じゃない。選手にも同じことが言える。言語や文化の違う海外リーグへの移籍となればなおさらだ。  正直言って、当時はシティについてほとんど何も知らなかった。ただ、シェイク・マンスールに買収されたあと、世界のトップ選手をかき集めているのは知っていた。数カ月前にはロビーニョを獲得していたしね。シティがイングランドのビッグクラブに成長するのは分かっていた。でも当時はまだ、世界有数のクラブを目指す冒険を始めたばかりだった。彼らは手始めに大物の獲得を目指していて、その最初の一人が僕だった。光栄なことではあったけど、僕はシティに対して確信を持てずにいた。  シティの真意を知りたいと思った。世界最高のクラブを目指すという野心をどうやって実現するのか? 他に誰がこのプロジェクトに参加するのか? 移籍に興味を示す選手が他にもいるのか? 短期的、そして長期的な目標は何なのか? そういったことを明確にしながら、慎重に交渉を進めた。  話し合いは細かい数字を協議するところまで進んで、あとは僕が決断するだけだった。提示された給料は、ミランのそれよりはるかに高かった。そういう状況に置かれると、誰だって将来を想像するものだ。神に祈る機会も増えた。人生における正しいバランスを見つけるためにも祈りは大切なんだ。何より、自分の決断のなかに“心の安らぎ”を見いだせる。  交渉が最終局面を迎えたとき、再び電話が鳴った。僕はミラノの自宅にいて、相手はやはり父だった。外にはミランのサポーターが何百人も集まっていた。そろそろ結論が出ると知った彼らは、それが自分たちにとっても極めて重大なことだと伝えにきたんだ。あの頃、サポーターはいろいろな形で愛情を示してくれた。  今でもミランのファンは僕を愛してくれている。そして僕も彼らを愛している。相思相愛なんだ。あのとき、サポーターが自宅の前に集まらなくても、僕の決断は変わらなかっただろう。でも、あの状況でファンの愛情を再確認できたのは大きかった。彼らが僕をどれほど気にかけていて、どれほど一緒に戦い続けたいのか、それを改めて感じることができた。道端にあふれ返ったサポーターは合唱していた。僕が電話で話している間ずっとだ。父はシティの最終的なオファーの詳細を告げて、「話し合いは終わりだ」と言った。「あとはお前次第だ」  僕は力を込めて「父さん」と呼んだ。「シティに伝えてほしい。今は行けないと。将来的にどうなるかは分からないし、そのときはそのときで考える。でも今はミランに残る。それが僕の最終決断だ」