【佐藤ジョアナ玲子のアマゾン旅】出発早々、大トラブル発生!不安だらけの女子二人の舟旅
憧れのアマゾン川を下る旅。舞台は南米ペルーの町プカルパ。中古の木舟を買うために現地で段ボールのプラカードを持って歩いてみたり、日差し除けの屋根を取り付けたり。約3週間におよぶ準備期間を経て、ようやく私の愛しいボロ船ペケペケ号がアマゾン川を旅する日がやってきました! 【写真12枚】アマゾン川には海賊が出る。船外機のスクリュー部分が壊れ、海賊の格好の獲物に(!?)になってしまった舟旅の様子を写真で見る
旅の相棒はベルギー出身の女の子
今回一緒にアマゾン川下りの旅をしてくれるのは、マキシーちゃん。スタート地点の町プカルパの宿で知り合い、意気投合したベルギー出身の女の子です。初めて会った日の宿での会話はこんな感じ。 マキシーちゃん:「はじめまして!あなたはどうしてアマゾンに来たの?」 私:「えーと…こんなこというのは変かもしれないけれど、舟を買いに来ました。アマゾン川を下りたくて」 マキシーちゃん:「マジ!?私も一緒に下っても良い?」 一緒に旅してくれる相棒を探してはいたのですが、私から誘うより先に立候補してくれました。感激! 写真には写っていませんが、実はマキシーちゃんのほかにもう一人、川下りに興味を示してくれた女の子がいました。その子は人生の重要な局面はいつもコイントスで決めてきたというギャンブラー。見事「表」つまり「行く」を引き当てるも、アマゾン川下りのリスクとリワードを冷静に検討した結果、出した答えは不参加でした。 「私はフェリーで下るね。だってペケペケ号は座り心地悪そうだから」と不参加を選んだ彼女。 そう。アマゾン川にはフェリーがあって、川沿いの主な町は自分で舟を用意せずともフェリーで行けるのです。それでもペケペケ号でアマゾン川を下ると決めた私とマキシーちゃん。葛藤がないわけではありませんでした。 前回の記事でペケペケ号の屋根の取り付けが完了し、ようやく川下りに出発する朝。涙ながらに見送ってくれたのが、写真右から二番目に立っている船大工のおじいさん。 「まだ死ぬには早い。二人とも若いのに」そう言うとおじいさんの目には涙が。 私たち頼りない外国人二人がアマゾン川を下るなんて、できっこないと思われている。ずっと川の近くで生きてきた人がそう思うんだから、客観的にみて、見込みのない旅なのかもしれません。アマゾン川に浮かぶのは良くても、おじいさんがいうみたいにトラブルに対してなにも対処できずに死ぬかもしれないし、お金だってただ家で過ごすより出費がかさみます。なのに、なぜ行くのか。 それは私が、人間にとってもっとも自然な交通網は川だと信じているから。それに、川が好きだから。アマゾンってどんな川なんだろうって、気になったまま日常を繰り返すことに耐えられないから。 でも、私の相棒マキシーちゃんはどうだろう。現地でたまたま私と知り合ってしまったがためにアマゾン川を下ることになってしまって、どんな気持ちで川に浮かぶんだろう。 二人でたくさん話をしました。不安がないわけではないけれど、もう乗り掛かった舟です。出発する前の晩、マキシーちゃんはお母さんに電話して、旅の計画を話しました。万が一の可能性もあるけれど、アマゾンの通信状況が悪いだけかもしれないから、捜索するのは連絡が途絶えてから2週間待ってほしい。という2週間ルールを設けたそう。 私はというと、家族代わりの彼氏に一応出発の連絡をして、どれくらいの期間連絡が途絶えたら心配になるか尋ねたところ、なんと答えは「1か月」。 なんて気が長いんでしょう。そのころには私はもう骸骨になっているかもよ。死にに来たんじゃないから、生きて帰ろう、ということで救命胴衣とは別に緊急時に投げるための浮き輪も一応準備しました。 ペケペケ号の出発地は、プカルパの裏手に流れているヤリナコチャという地域。地図で見ると、ヤリナコチャに面した水辺は川の本流から分岐していることがわかります。この水辺を地元の人は川ではなく湖と呼んでいます。どうも右から抜けて川の本流に合流できるのは水位が高い時期限定で、それ以外の水位が低い時期は左からしか本流に合流できないのだそう。 地図だとよく見えないような、細いクネクネした川が森のなかにあって、辛うじて本流と繋がっている状態なのです。そんな場所をまだ運転に慣れていないペケペケ号で進むから、私はおっかなびっくり安全第一のろのろ運転。どうやってすれ違えるのかもわからない細い川を、ほかの舟はスピードを緩めることなく軽快に飛ばし、サッサと私たちを抜いていきました。 女二人のアマゾン旅。ひとたび下り始めてしまえば楽しいものです。本流に合流すると、景色が開けて障害物もなく、ペケペケ号はアマゾンの風を切って快調に進みました。 この写真を撮った6月下旬は乾季の前半の季節。水位が下がって、砂浜が現われています。休憩がてらちょっと下船してみると、気分はプライベートビーチ。 しかしそこは泥だらけのイメージがあるアマゾン川。このようなキレイな浜ばかりではありません。もともと川の下に隠れていたのが、乾季で水位が下がり、まだたっぷり水を含んだまま地上に出ているような泥の浜もあるのです。 そういう場所は砂浜のように見えて、足をついたとたん膝の上まで簡単に埋まってしまう底なしの泥沼状態。たくさんの舟が行き来する町の船着き場が、底なし沼みたいになっていることもあります。そういう船着き場では、古い木の板を敷いて、まるで一本橋を歩くように移動するのが現地の知恵。しかし先日、慣れていない人が板の外を歩こうとして腰まで埋まってしまう場面を目撃していまいました。 歩ける場所と歩けない場所の見分けるには、足跡を見るべし。足跡がある地面だったら、多分踏んでも沈みません。 泥の浜は、厳しい日差しに照らされてこのようにひび割れてカチカチの地面になり、そして雨期がくるとまた水の底に沈むのです。 さてさて、アマゾン川下りをスタートできたことにご機嫌の私たちでしたが、初日から思いもよらぬトラブルが発生してしまいました。ペケペケ号を走らせている途中、エンジン音に突然の変化。驚いて確認すると、なんとスクリューが無くなってる!! スクリューとは、ペケペケ号のエンジンの軸に取り付けられた細長い棒の先端で回転する部品のこと。スクリューがついている細長い棒は、それより一回り太い赤色の筒状のパーツに通されています。 スクリューの棒とそれを支える筒はそれぞれエンジンに固定される仕組み。 しかしよく見ると、見当たらないのはスクリューだけじゃなくて、スクリューがついていた細長い棒そのものが見あたらないのです…。 エンジンの軸との接合部分だけ残して、スクリューの棒はポキッと折れてしまい、そのまま川に沈んでしまったのです。 うーん、新品で買ったのに、そんなバカな。 修理屋さんを訪ねようにも、次の町まではまだまだ遠い。重たいペケペケ号の動力源は、木のパドルのみ。 あわよくば通りかかった船に最寄りの町までけん引してもらいたいけれど、通るのはスピードが出ている大き目の舟ばかりで、止まってくれる気配はありません。 遠くの砂浜にテントが張られているの見つけました。どうやら人の出入りはあるらしいけれど、このときは舟がなかったので多分お留守。誰もいない。 朝、船大工のおじいさんが私たちの旅路をあんなに心配していたのは、アマゾン川には海賊が出るから。海賊といってもここは川なのだけど、ほかの舟を襲って物を盗んだり危害を加えたりするから海賊と呼ばれていているのです。 一度、海賊の気持ちになって考えてみました。動力源を失い、ただ川の真ん中にポツンと浮かぶ無抵抗な外国船を見たらどうするか。格好の獲物でしょう。 出発早々、大ピンチ。一体どうなっちゃうのペケペケ号!? (次回へ続く) 私が書きました! 建築学生 佐藤ジョアナ玲子 フォールディングカヤックで世界を旅する元剥製師。著書『ホームレス女子大生川を下る』(報知新聞社刊)で、第七回斎藤茂太賞を受賞。中日新聞の教育コラム「EYES」に連載。ニュージーランドとアメリカでの生活を経て、現在はハンガリーで廃材から建てた家に住みながら建築大学に通っている。
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