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宮沢りえとの「不倫疑惑」で中村勘九郎さんが怒り爆発になったワケ

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〈芸能リポーター・石川敏男の芸能界”あの出来事のウラ側は……”⑮〉 「お願いだからこれだけは言わせてよ。皆さんは私が原因で宮沢くんが手首を切った、というセリフを期待してるんだろうが、そんなに面白いか? 今日は“牧瀬里穂との三角関係に悩んで切った”と書いているところがあったが、じゃあ、それを喋った大物歌舞伎俳優って誰なの。連れてきてよ。不倫なんかしてないよ」 【写真】宮沢りえ&森田剛がセレブスーパーで見せた「腕組みラブラブ」姿 ‘94年9月27日、そう怒りの緊急会見を開いたのは、中村勘九郎さん(当時、18代目中村勘三郎)。場所は京都映画撮影所。 出演中の映画衣装の武将姿。オレは生中継のリポーターとして出席していたが、目の前に声を荒げ、まくし立てる勘九郎さんがいた。 会見の4日前、午前5時過ぎに京都市内のホテルのフロントに男性の声で、 「宮沢りえの部屋を調べてほしい」 と電話が入った。電話の相手は22日まで、りえさんが参加していた『北の国から‘95秘密』(フジテレビ系)の北海道・富良野ロケのディレクター。泥酔した彼女から電話を受けた共演の吉岡秀隆さんが、異変を感じてディレクターに連絡を入れたのだ。 ホテル従業員が部屋のドアを開けると、左手首を切ったりえさんがベッドに横たわっていた。床には血痕、風呂場にはガラスの破片。すぐに救急車が呼ばれ、病院に搬送されることになる。 意識ははっきりしていて、名前を聞かれ「宮沢りえです」と冷静に答えていたという。だが、左手首と右手の指に7針も縫う全治1週間のケガだった。 りえさんがチェックインした京都のホテルは、勘九郎さんの定宿。この日も彼は宿泊していて、交際が噂されていた二人だけに“密会”後の自殺未遂と疑われることになる。 当初は、自殺未遂と話していた関係者もいたが、大騒動になってからはトーンダウン。「事故だった」と話が大きくすり替わっていく。警察も事件性がないということで詳しい説明をしなかったことから、余計な憶測を呼ぶことにもなった。 24日に京都国際映画祭のレセプションに出席したりえさんの左手首には、真っ白い包帯が巻かれていた。見た目は痛々しかったが「コケちゃったんです」と笑顔を見せた。 騒動は収まらず、翌々日の26日にりえさんが、マスコミ各社に謝罪ファクスを流すことになる。 「勘九郎さんと飲んでホテルに帰るのが遅れ、母に叱られ、事故にあったホテルに泊まった。そこのバスルームでのケガです」 と説明した。だが、マスコミは納得しなかった。 そして、勘九郎さんも冒頭のように会見を開くことになる。彼の説明によると、23日にりえさんと夕食の約束があったが「二日酔いだし疲れているから」と断り、部屋で寝ていたそうだ。 ところが、前日、勘九郎さんと飲んでいたという芸者さんから話を聞いたりえさんが泥酔状態で、 「なんで彼女と飲めて、私と飲めないの。約束したんだから来てよ。男でしょ」 と、呼び出しをくらったという。 「(りえさんは)元々お酒は強いが、あの時はかなり酔っていた。とても一人では歩けない状態だった」 と感じた勘九郎さんが、映画会社の宣伝マンにタクシーでりえママが泊まっているホテルに送り届けてもらったそうだ。りえさんの様子についても、 「落ち込んでいるようには見えなかった」 とも話した。事件後、彼女と連絡を取ったという勘九郎さんは、 「大丈夫なの? と聞いたら『ごめんなさい。大丈夫』と言っていたよ」 と苦笑い。記者からの“りえママとの喧嘩について”の質問には「ただの親子喧嘩でしょ」と、取り合わなかった。 あれから26年。真相はやぶの中だが、芸能人同士の『秘密の恋』があったっていいんじゃないかと思うことも……。今なら大変だけどね。 取材・文:石川敏男(芸能レポーター) ‘46年生まれ、東京都出身。松竹宣伝部→女性誌記者→芸能レポーターという異色の経歴の持ち主。『ザ・ワイド』『情報ライブ ミヤネ屋』(ともに日本テレビ系)などで活躍後、現在は『めんたいワイド』(福岡放送)、『す・またん』(読売テレビ)、ラジオは福井放送、ラジオ関西、レインボータウンFMにレギュラー出演中

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