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【ウェブ採録】新潮講座「コロナ時代の独学術」

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  *以下は、2020年5月28日に「Zoomウェビナー」を使って開催された「新潮講座」の内容を採録したものです。 司会:今回は、「コロナ時代の独学術」と題しまして、野口悠紀雄先生にお話しいただきます。 「新型コロナウイルス」による緊急事態宣言が解除されたとはいえ、地域によってはすでに第2波の予兆が見えるなど、私たちの日常はまだまだ、危険と隣り合わせの状態にあります。  こうした状況では、リモートワークやウェブ会議など、これを機に始まった新たな暮らし方、働き方はさらに続くでしょうし、この大きな流れは、新型コロナの後も続くと思われます。  そんな私たちの新たな生活、社会の仕組みの中で、私たちはどう過ごしていくべきかについて、お話しいただきます。 ■この機会を利用して勉強を  野口悠紀雄です。  今日は「新潮講座」にご参加いただきありがとうございます。このような形で全国のいろいろなところにいらっしゃる皆様方に、メッセージをお届けできること、私は大変うれしく思っております。  今日は「コロナ時代の独学術」というテーマでお話をいたします。  新型コロナの感染拡大に伴って外出が規制されたり、あるいは在宅勤務に移行すると、家にいる時間が増えてきていると思います。  この期間をどのように過ごすか。これは大変重要なことだと思います。  家にいてゴロゴロ過ごしてしまうのか、あるいは勉強をして自分の能力を高めていくのか。この2つのどちらを進むかで、「コロナ後」の世界におけるその人の位置が大きく変わってくるでしょう。  したがって、新型コロナという機会をうまく利用して勉強する。これは大変重要なことだと思います。  勉強が必要だということは、多くの人が感じています。ただし勉強するためには学校に行かなくてはいけないと、多くの人は考えています。「勉強は学校だ」という考え方ですね。  確かに基礎教育の期間には、学校に行くことは必要です。特に低学年の場合、学校に集まって社会的な生活の訓練をすることは大変重要です。  しかし、これからお話ししたいのは、社会人にとっての勉強です。  大きな違いは、勉強するために必ずしも学校に行かなくてもよい、ということです。むしろ、学校に行くより自分で勉強する、つまり独学するということのほうが、もっと効率的だということが多い。  今日のお話のテーマを「独学」にしたのは、このような理由があります。  独学は、多くの方がやっておられると思いますが、これを「学校に通うことの代用」と考えておられる方が多いのですね。学校に通うにはそのための時間も使わなければならないし、費用もかかる。だから本当は学校に通うべきだけれども、その代わりに独学する。このように考えておられる方が多いわけです。  私は、そうではないと思います。むしろ、学校の勉強と独学を比べた場合に、社会人にとっては独学の方が優れた勉強法である、より効率的な勉強法であるという場合が多いと、私は思います。 ■独学が効率的な理由  では、なぜ独学の方が効率的なのか。  その理由は、社会人になってからの勉強は、その内容が人によって非常に大きく違う、ということがあるからです。これが基礎教育との大きな違いです。  基礎教育は、勉強すべき内容が多くの人にとって同じです。昔からよく「読み書きそろばん」といってきましたが、そうした勉強は、誰にとっても似たようなものなのです。  ところが独学の場合は、勉強すべき内容が人によって大きく違います。  勉強すべき内容はさまざまなものがありますが、その1つは、仕事に必要な専門的知識です。  たとえば金融のことを専門にしている方なら、金融の勉強をする必要がある。しかもこの分野の知識は日々進歩していますから、学校のときに勉強した内容だけで仕事を続けていくのは難しい。ですから時代の進歩に応じて、知識をどんどん新しくしていくことが必要になります。  そのように考えますと、新しいことをどれだけ知っているのか、基礎的なことをどれだけ知っているのか、そして仕事がどのような内容なのかによって、それぞれの勉強すべき内容が非常に大きく変わってくるわけです。  これが、基礎的教育での勉強が共通のものである、ということとの違いです。  もう1つは外国語です。特に、仕事に必要な英語を勉強する必要がある。  仕事に必要な英語も、実は仕事の内容によって違います。学校で勉強する英語は誰にとっても同じような日常会話が多いですが、仕事のために必要な英語は、分野によって非常に大きく違います。  これは、専門用語が必要だからなんですね。どんな分野においても非常に特殊な、日常会話では出てこないような専門用語が使われます。  専門家同士の会話は、専門用語が正しくうまく使えないと、文字通り話になりません。逆に言えば、専門用語さえ正しく使うことができれば、仮に文法が多少間違っていたとしても、専門家同士の会話はかなり成り立ちます。  このことを、私はいろんな機会で経験しました。たとえば国際会議を行う場合、事前に同時通訳の方にレクチャーをする必要があります。これは、会議では専門用語が飛び交うからです。  ある税関係の国際会議のとき、同時通訳の方からこう言われました。 「あなた方がしゃべっていらっしゃるのは税語です、税の言葉です」  英語や日本語ではなくて税語です、と言うのですね。 「ですから私たちはわからないので、事前にこのようにレクチャーしていただくことが必要です」  まったくその通りです。  このように、専門家同士の会話には専門用語が必要ですから、専門用語があれば会話が成り立つ。専門用語がわからなければまったく役に立たないことになるわけです。  ところが多くの人は、英語を勉強するためには英会話学校に行かなくてはならない、と考えています。  でも、英会話学校では専門用語は教えてくれません。それは当然のことで、専門用語はその分野の専門家しか知らないんですね。専門分野が違えば、まったく違う言葉になってしまう。  では、英会話学校に分野ごとの専門家を集めることができるかというと、これは無理です。ですから、英会話学校で教えてくれる英語とは、どんな場合でも必要な、いわば共通の英語なんです。たとえば初めて会ったときに「こんにちは、ご機嫌いかがですか」、これが英会話学校で教えてくれる英語です。  こうした会話が専門家同士にとって必要かどうか。私は、あまり必要ではないと思います。お互いに仲良くなりたいならば、笑顔で接して話せば、「こんにちは、ご機嫌いかがですか」を日本語で話したとしても、相手にその気持ちが伝わるでしょう。  英語の場合も、専門家が勉強する英語は専門分野ごとで違う。しかも英会話学校では教えてもらえないということになれば、独学で勉強していくしか方法はないということになります。  社会人にとっては独学の方が本当に必要な勉強法だと申しましたが、それはこうした理由によります。 ■物理学から経済学への「独学」経験  専門家にとっては独学の方が効率的な勉強法だ、と申しました。  実はこれは、私自身の個人的な経験に基づくものです。  私は大学では工学部で勉強しました。専門は、半導体などの基礎となる学問である物性物理学でした。  ところが私は、もっと視野の広い仕事ができないだろうか、そのために専門を変えようと考えたのです。大学4年生になってからのことでした。  いざ専門を変えようとなると、その方法は2つあります。1つは学部を変える、経済学部なり法学部に転部して勉強しなおす、ということです。  ただ私は、その道はとりませんでした。1つは時間が惜しかったというのもありましたが、もう1つは経済的な余裕もなかったということもあります。そこで、もう1つの方法である独学で勉強する、ということにしました。  結局私は、経済学を独学で勉強しました。  ここで目的としたのは、私が経済学の知識を身につけたということを、いかに就職先の人に伝えるか、ということでした。これは経済学では「シグナリング」といいますが、自分がある種の能力を持っていることを相手に伝えるためには、シグナルが必要です。そのシグナルを得たい、と思ったのです。  そのために私が選んだのは、公務員試験です。公務員試験でいい成績をとれば、それがシグナルになるだろうと考えて、独学で勉強しました。  大学で教育してくれるようなものとはかなり違う、私自身の独特の勉強をして、公務員試験を経済学で受け、そして経済職の公務員になりました。  これが独学で勉強するということの、私自身の第1の経験です。  その後、私はアメリカに留学しました。このときには大学院のカリキュラムに従って経済学を勉強し、そのあと公務員から大学に移って、経済学の講義をするようになりました。  実は、大学の教員として私が教えていた内容も、かなり独学で勉強したものが多いのです。  確かにアメリカの大学院で勉強しましたが、そのことと教えることとは必ずしも同じではないわけで、それは自分で勉強する必要がありました。教えるとなると最先端の知識を教えなければならない。それは、独学で勉強するしかなかったんです。  私は大学では、「ファイナンス理論」を教えました。これは新しい分野でしたので、確立された日本語の教科書がたくさんあるというわけではありませんでした。  そこで、アメリカの大学院で用いているファイナンス理論の標準的な教科書を見て、これならできるという見通しをつけ、それで独学をしたわけです。  したがって私は、私自身が学校で教わったことをそのまま教えたわけではなく、独学で勉強したことを教えたということなのです。  余談ですが、教師と学生の間にはどのくらいの差があるのか、ということが話題になります。その際、教師と学生の間には15年とか20年の年齢差がありますから、その差は20年だとお考えの方が多いのだろうと思います。  ということは、教師は20年前に学校で教わったことを教えているのだとお考えになるかもしれませんが、実はそうではないのです。  今もお話ししましたように、教師は学校で教わったことを教えているわけではありません。それでは中身が古くてしょうがない。  そうではなく、先ほど申し上げましたように、ついこの間勉強したことを教えているのです。場合によっては数カ月前に勉強したことを、極端な場合は3日前に勉強したことを教えている。教師と学生の差は3カ月、あるいは3日の場合もある、ということもあるのです。 ■どのように学び、いかに続けるか  それでは独学は万能か――決してそうではありません。独学は簡単なものではなく、難しい課題であると言わざるを得ない面があります。  では独学のどこが難しいのか。2つの点を挙げたいと思います。  第1点は、カリキュラムの作成です。カリキュラムとは、どういう教材を使い、どのようなスケジュールで学んでいくかということです。  どんな勉強にもカリキュラムが必要ですけれども、学校で勉強する場合には、これは先生が準備してくれます。学生としては、カリキュラムにしたがって受け身で勉強すればいいわけです。  先ほどから、学校の勉強にはいろいろな問題があると申しましたが、カリキュラムの作成は、学校の大変重要な役割なのです。ところが独学で勉強するとなりますと、カリキュラムは人が与えてくれませんから、カリキュラムを自分で作る必要がある。  これは決して簡単なことではありません。どのようにしてカリキュラムを作るかが、まず1番目に難しい問題です。  2番目の問題は何か。それは、どうやって途中で挫折せずに継続していくか、ということです。  学校で勉強する場合は、エスカレーターに乗っているようなものですから、通っていれば自動的に継続していきます。特に義務教育の場合、一定の期間学校に行かなくてはなりませんから、義務的に学校に通う。  社会人になってから学校に通うということであれば、授業料を払っていますから、途中でやめてしまってはもったいないから通う、ということもありますね。  したがって学校に通うことの大きな利点は、続けられる、途中で挫折しないということです。  ところが独学の場合には、決して簡単なことではありません。授業料を払っているわけではありませんし、義務化されているわけでもありません。ですから多くの人が、独学でやろうと意気込んでスタートしますけれども、強制力が働かずに途中で挫折してしまう。こういう場合が非常に多い。  いくつかの点を挙げておきます。たとえば、何のために勉強するのかという目的をはっきりさせることが重要ですし、もう1つ有効な方法は、周りに勉強の仲間を作ることも重要だと思います。  独学といいますと1人で勉強しているようなことになりますが、決して1人とは限らないわけです。同じような勉強をしている人たちでグループを作ってお互い励まし合いながら勉強をしていくと、挫折しないことが可能だと思います。  これに関して最後に1つだけ付け加えると、「教える」ということです。勉強するために教える。  今は、教えるというのは簡単にできます。たとえばブログに自分で講座を作ればいい。簿記の勉強をしたいと思ったら、「野口悠紀雄の簿記講座」をブログに開設すればいいわけです。  ブログにすれば誰かが見るでしょうから、あまり変なことは書けません。だからきちんとしたことを書く。しかも、他にあるたくさんの文献と同じ内容では誰も見てくれないだろうから、独自色を出す必要がある。そのためにもっと勉強する。こういうことになるわけです。  つまり人が見てくれるということは、勉強を続ける大きな励みになるのです。教えることは、人に見てもらうことですから、これによって独学のインセンティブを得続けていくという工夫も可能ではないか、と私は思います。  今日の私のお話は以上でございます。 ■学問は仮説にすぎない 司会:ありがとうございました。何件か質問が来ておりますので、そちらを読み上げたいと思います。 Q1:教師が教えているのは20年前に習ったことではなく、極端な例では3カ月や3日前に学んだことをやる、というのは面白いたとえです。ところで教えるに値するかどうか、というのは、どのように判断すればよろしいでしょうか。  これは水準によってかなり違うと思います。基礎的な言論に相当することは、いろいろな分野でかなり標準的に決まっています。  たとえば経済学の場合、一番基礎になるのはミクロ経済学とマクロ経済学。ここで教えるべき内容はだいたい決まっており、標準的な教科書があります。ですからそこに書いてあることが標準的な内容であると考えてよろしいと思います。  ちなみに、先ほど私はファイナンス理論を教えたと申しましたね。ファイナンス理論の場合はかなり新しい分野ですけれども、教えるべき内容はかなり決まっています。ファイナンス理論の標準的な教科書、だいたいは英語ですが、これがある。私はそれを見て、これならできると思いました。 Q2:独学で正しく理解したことをどう担保するか、学んだことが正しいかどうかをどのように確認すればいいのでしょうか。  学んだことが正しいかどうかは、独学に限ったことではなく、あらゆる知識についていえることです。  標準的なことについては、その分野の標準的な教科書に書いてあることが、正しいといってよろしいと思います。が、それが本当に正しいのかどうかの担保は何もありません。  アインシュタインが現れる前に、物理学の標準的な体系はニュートン力学でした。ではニュートン力学で世界のすべてのことが理解できるのか、これは誰も担保してくれません。  学問とは、私はつねにそういうものだと思います。学問というのは仮説にすぎないのです。ですから、ニュートンの時代に正しいとされていたことは、それは単に新しい理論が現れなかったから担保されていた、というにすぎません。  アインシュタインが現れたときに、ニュートンの力学だけで世界を理解することはできないということが、それによって明らかになったのです。学問というものは、私はつねにそういうものだと思います。学問は仮説であって、絶対に正しい、などという保証はありません。新しい仮説が覆さない限りにおいて正しい、と認めているにすぎません。 ■言語習得は丸暗記で Q3:語学を学習しているのですが、インプットとアウトプットの間に大きな壁を感じてしまいます。学ぶことと、得た知識を実際に使うことの間の溝を越えるための必要な訓練として、有効な方法があれば教えてください。  インプットが勉強して取り入れること、アウトプットはそれをたとえば話すとか書くとかという形で出すという理解でお話ししますと、言葉については、この両者を結びつける最も強力な方法があります。  それは何かというと、文章を丸暗記するということです。文章を頭から丸暗記する。できれば本1冊くらいを丸暗記する。  これによって、インプットとアウトプットは自動的に結びつきます。離れてしまうのは、多くの人がやっているように、言葉を単語に分解して、そして文法で結びつけようとするからです。  外国語は、単語を覚えようと思っても決して勉強できません。外国語は、文章を丸暗記することによってしか、勉強できない。  私はこの勉強法を、中学生のときからやっていました。教科書を全部丸暗記する。  丸暗記は決して難しいことではありません。人によって差はありますが、だいたい20回程度読めば覚えるのではないでしょうか。私は、数学の勉強をして頭が疲れたら丸暗記をする、といったことをやっていました。  こうすれば、試験の問題は全部解けてしまいます。たとえば英文があって一部が抜いてあり、「ここに入る前置詞は何か」という問題があったとしましょう。多くの人は、前置詞とはこういうもので、こういう場合にはこう使うという知識を使って答えようとします。ところが私は、教科書の文章をただ思い出すだけです。そうすれば必ずできる。  ですから、語学の試験はきわめて簡単であって、言葉を全部丸暗記していれば、自動的にほぼ完璧に近い点をとることができます。  これは受験英語にとっては非常に重要なノウハウです。なぜかといいますと、日本の大学は英語の成績さえよければ入れるところがかなり多いからです。  英語の試験で満点に近い成績を取ることは、そんなに難しくありません。申しましたように、できるだけ多くの文章を丸暗記すればいいんです。この勉強法は決して間違ってないと思います。昔から、語学で優れた能力を発揮した人は、ほぼ例外なく言葉を丸暗記しました。 ■「教える」ことで仲間を Q4:仲間を作るというお話がありましたが、SNSで励まし合うことにも価値はあるものでしょうか。  難しい問題ですね。SNSでできるとはいえないのではないでしょうか。  どのようにして仲間を作るかは、実はかなり難しい問題です。  私が先ほど提案したのは、ブログで発信するということでした。それに対してどういう反応が返ってくるかを考えると、これも一種のSNSといえないことはない。でも「Twitter」とか「Facebook」とは違いますね。短い文章のやり取りではない。  ですから、自分のブログでかなり内容のあるものを発信し、それにどういう答えが返ってくるのかを見て判断する方が、よろしいのではないでしょうか。単なる話し相手を作るということとは違います。  先ほどまで独学の方がいいと申しましたが、学校での勉強が非常に重要な理由の1つは、たとえば大学院の教育のような専門教育の場合、同じような目的を持って勉強している人が周りにいるということです。学校の一番いい点は、先生が教えてくれることではありません。周りに同じような目的を持った人間がいる。こちらの方がはるかに重要です。  このことも、私がアメリカの大学院で経験したことです。講義が終わった後、コーヒーメーカーがある小さな部屋で何人か集まって雑談をすることが多いのですが、この雑談は非常に有効でした。大学院の学生ですから、論文のテーマを探しているわけですが、「これは有望だろう」とか「このテーマはやってもなかなか答えが出なくて大変だ」といったインフォーマルな情報の交換をかなりやりました。  学校に集まって教育を受けることの大きな利点は、仲間を作ることですが、独学の場合でも、いろいろな工夫によって補うことは決して不可能ではない、ということです。 司会:「Twitter」や「Facebook」のような短文ではなく、たとえば最近は「note」という媒体がありますが、これはなかなかいいのではないでしょうか。  そう思います。たとえば、ブログで講座を作ったらいいのではないかと申しましたが、そのための1つの方法として「note」の利用があります。無料でいくらでも書けますから、そこで講座を開講されることを、私はお勧めしたいと思います。 Q5:先生がこれから独学で学ぼうと思ってらっしゃることはなんでしょうか。  たくさんあってきりがありませんが、実は言葉だけでも、イタリア語やロシア語を勉強したいと思っています。どちらも途中で挫折してしまって大変残念だと思っていますが。  私は昔、トルストイが70歳になってからイタリア語を勉強したということを何かで読んで、トルストイは大したものだと思いました。それで私も実行しましたが、途中で挫折した。ロシア語は特にキリル文字が難しく、辞書が引けない。  ただこれについても、今は新しい道具がいろいろありますから、勉強したい。語学の勉強は、私にとっての大きな目標です。  それから私は、ブロックチェーンやAIといった技術の進歩に、非常に大きな関心を持っており、勉強しています。これらについては私もいろいろ本を書いていますが、実は自分が勉強したいから書く、という面もなくはないんです。このように、私にとって勉強したいことは非常にたくさんあります。  一番重要なのは好奇心を持つ、常に好奇心を持つということではないでしょうか。勉強すれば、知りたいことがどんどん広がっていきます。ですから、私は何歳になっても勉強を続けたいと考えています。 *新潮講座についてはこちらから  

野口悠紀雄

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