家族は有機体で、その形は状況に応じて変わっていく。時には家族を捨てなければならないときもある。 窪美澄氏インタビュー
窪美澄さんは、ままならない人生に翻弄されながらも乗り越えて生きていこうとする人たちの物語を紡ぐストーリーテラーです。読者はその作品を通して、“今、どれだけ行き詰まっているとしても、人生の扉は自分の手で開けることができる”ことに気付かされてきました。これまでは「性」と「生」の両方から物語を描くことが多かった窪さんですが、新作の長編小説『ははのれんあい』では、女性の自立と家族の再生を軸に、正面から“生”を描きます。 ――長編小説『ははのれんあい』が刊行されました。高校卒業後、デパートで働いていた由紀子は、誘われて行った飲み会で2歳年上の智久と出会って結婚します。智久は優しい人で、両親が経営する縫製工場で働いていました。由紀子は自ら進んで縫製工場の仕事を手伝い、やがて長男の智晴も生まれて幸せな日々を送っていたのですが、双子の次男・三男が生まれた辺りから、少しずつ歪みが生じていきます。縫製工場の閉鎖、義母の死、智久の婚外恋愛、そして離婚……。壊れかけた家族を救うのが、幼い頃から母の奮闘と苦労を横で見ていた智晴でした。智晴は母と弟たちを懸命に支えながら生きていきますが、そんな智晴にも人には言えない葛藤があり……。派手な見せ場はないのに物語の世界にぐいぐいと引き込まれていき、最後の1行を読み終えるまで何度も心を揺さぶられました。まずは、この豊饒な作品を執筆するに至った経緯から教えてください。 窪:『ははのれんあい』は、2018年7月から2019年9月の期間に「信濃毎日新聞」「高知新聞」「秋田魁新報」「神戸新聞」などに連載された小説を加筆修正し単行本化しました。新聞連載の依頼をいただいたときに、「家族をテーマに書いてほしい」と言われていましたので、家族の物語にすることは最初から決まっていたんです。 執筆する上で意識したのは、掲載が朝刊という点でした。基本的に朝刊は朝の早い時間に読むものですので、私が日頃書きがちなトゲトゲしたものではなく、少し穏やかな小説にしたいと考えました。朝に読まれるということを考慮し、性描写も自主規制しました。ダメだとは言われなかったのですが(笑)。また、新聞の場合、読者層も幅広く、本をよくお読みになる方もいれば、逆にお読みにならない方もいらっしゃいます。私としては全ての方に届けたいと考えていましたので、平易な言葉を使うことも意識しました。 ――家族についてはこれまでも多々書いておられますが、今回は家族の一代記です。 窪:家族というテーマをいただいたとき、すぐに「一代記を書きたい」と思いました。というのも、最初から若い人も読んでくれる小説にしたいという思いがあったからです。 よく若い人から“両親が離婚していることをコンプレックスに思っている”ということを聞くんですね。これって「親がいて子ども2人がいて……」というのが一般的な家族だと思っているからだと思うんですけれど、私はそれはちょっと違うのではないかと思っています。 そもそも家族とは有機体で、一つの決まった形があるわけではありません。家族のメンバーが増えたり欠けたりすることは当たり前のことで、定型がないのが家族です。両親が揃っていようがいまいが、子どもがいようがいまいが、家族なんです。そういうことを伝えたいと思い、一代記にして家族の変遷を書くことにしました。 窪:今回の物語は北関東が舞台です。主人公の由紀子も、夫の智久も、義父母も皆、穏やかで根のいい人ばかりです。他人を蹴落とそうとか馬鹿にしたりすることもありません。長男の智晴もとてもいい息子ですし、次男の寛人、三男の結人もごく一般的な少年です。つまり、登場人物全員がどこにでもいそうな、身近な存在でした。そのことが物語にリアリティを与え、読み手の内側でイメージが膨らむのを後押ししてくれたように感じています。こういった人物像はどのようにして生まれたのでしょうか。 窪:新聞連載をするとき、物語の舞台をどこにするのか決めないといけないのですが、何も浮かばなくて困りまして、藁をもつかむ気持ちでKADOKAWAの担当編集者に相談しました。 彼は群馬県のご出身でした。実際に現地に行ってみると、冬枯れの寒い北関東のイメージがさあーっと広がっていったんです。作中で、田んぼがずっと続いていて、鬱屈がたまったら自転車で走りながら「わーっ」と言いたくなるようなところも、遊ぶところがモールしかないというところも、全部取材の通りです。ご実家の近くに団地や工場があるのも、そこに外国籍の子どもたちがたくさんいるのもそう。蓮の池のある公園も、取材させていただいたままです。 ちなみに担当者は智晴と同じ3人兄弟の長男で、弟さんたちは双子なんです(笑)。智晴のモデルではありませんが、双子を育てるときの大変さについてお母様に教えていただきました。それにお父様は縫製工場を経営されていて、その後タクシーのドライバーさんになられたそうです。こういった背景は智久を形作っていく上で拝借しました。言うまでもありませんが、お父様は不倫や浮気はされていません。そこは100%フィクションです(笑)。