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Gショック37歳、「機能で勝負する時代を開いた」石津祥介氏

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NIKKEI STYLE

《石津祥介のおしゃれ放談》G-SHOCKの秘密(上)

 カシオ計算機の腕時計「G-SHOCK(Gショック)」の身上は、なんといってもそのタフさだ。誕生してからの37年間、「落としても壊れない」という揺るがぬコンセプトのもとで進化を遂げ、ストリートファッションやカルチャーと連動したブームを経た後、現在も強度や精度の追求、耐遠心力といった技術革新に取り組んでいる。「ファッションはもはや装飾的な見かけの流行より、機能競争だ」が持論の服飾評論家、石津祥介さんは、そんなGショックの来歴にいたく興味を示す。今回はリモートでのテレビ会議で、カシオ計算機の時計企画統轄部商品企画部の泉潤一さんとともに、Gショックの変遷と腕時計の今後について語り合った。 【映像・写真はこちら】初代からフルメタルまで 歴代Gショック

■「実用性」を売る時計の先駆け

 ――Gショックが発売されたのは1983年。80年代は日本でイタリアンカジュアルが台頭しロレックスやカルティエなどのブランド時計が人気となった時期です。  石津「当時は男が身につけるものの中で唯一、女性のアクセサリーと同じ役割を果たすのが時計でした。時計だけが自分を主張できるアクセサリーだったんだよ。スイス製の有名ブランドがどんどん売れ始めたのもこのころです。その当時にあって、Gショックはコンセプトが新しかったよね。装飾ではなくて、頑丈だという、時計としての実用性を売り物にする最初の商品だったんじゃない」  泉「おっしゃるように開発者である伊部菊雄は、落としても壊れない丈夫で実用的な時計を突きつめていったんです。東京都羽村市にある技術センターの3階のトイレの窓から何度も床に落とし続けて。2年をかけて初号機が生まれました。Gはグラビティ(重力)から取っていますが、重力に負けない、耐衝撃性能を持つ時計というのがGショックのコアなんです」  ――ところが当初、日本では受け入れられなかったと聞きました。  泉「売れませんでした。爆発したのは米国で、テレビCMがきっかけでした。アイスホッケーの選手が氷上にパックのように置かれたGショックを激しくシュート。キーパーがキャッチしてみると、そのGショックが時を刻み続けているという内容です。耐衝撃性を訴えるこのCMがブームを巻き起こし、アウトドア愛好家や消防士、警察官らが支持しました。そしてアメリカで流行しているよね、と日本でも話題になって、逆輸入的な感じで人気に火が付きました」

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