『氷の微笑』監督の最新作『エル ELLE』 米国人女優が主演を拒絶した理由
インタビューの部屋に入ると、シュッと長身の白髪の老人がいた。ポール・ヴァーホーヴェン(PV)監督だ。78歳だと事前に散々聞かされていたが若い。というか気が漲っている。『ロボコップ』(1987)『トータル・リコール』(90)『氷の微笑』(92)『スターシップ・トゥルーパーズ』(97)など大ヒットとともに来日した頃と印象はそう変わらない。すごい。 彼が新作として選んだのは、フィリップ・ディジャン(『ベティ・ブルー 愛と激情の日々』)原作の『エル ELLE』。2016年のカンヌ映画祭コンペティション部門で高い評価を得ると同時に、自分を蹂躙(じゅうりん)したレイプ犯らを追い詰めていくゲーム会社経営者ミシェルを演じたイザベル・ユペールがアカデミー賞主演女優賞にノミネートされた。そして力強く、常識にとらわれないミシェルの在り方は、世界中の評論家が議論するところとなった。 殺人事件を起こし服役中の父、若い男と暮らす母、自立できない息子と、息子を翻弄する嫁、そしてゲーム会社の社員と経営者と、ミシェルは様々な人間関係をまとう。彼らの思惑は複雑に絡み合い、物語は単純なレイプ犯探しのミステリーにとどまらない。彼は、なぜこの原作を映画化したいと思ったのか? そのきっかけからうかがった。
「人生で肝心なのは、同じことを繰り返さないこと。アーティストなら特に避けるべきだ」
ポール・ヴァーホーヴェン(以下PV):「プロデューサーのサイド・ベン・サイドからフランス版の小説を勧められたのがきっかけ。これまで手がけたことがないストーリーに、新しさを感じた。前半はレイプ犯が誰か、そして後半はその正体を知ったミシェルがどうするのかというスリラーにもなっている。そこも興味深かったが、最も惹かれたのはミシェルと彼女の周りにいる人々の社会的な関係性だ。ミシェルと父母、息子、元旦那、愛人、親友それから息子の彼女の関係性は、そのほとんどがストーリーと離れたところで存在している。原作が、スリラーであることより、彼らの人物考察に重きをおいているところが“やりたい”と思った理由なんだ」 究極のバイオレンスとエロティシズムは共通しているものの、これまでのヴァーホーヴェン監督の系譜とは異なる作風。特にハリウッド時代とは。主人公が相手にするのは、陰謀でも、巨大ビジネスでも、宇宙からの侵略者でもなく、日常をともにする家族や同僚、隣人だ。 PV:「人生で肝心なのは、同じことを繰り返さないこと。アーティストなら特に避けるべきだ。リスクや恐怖を感じたとしても、それは初めて挑むものだから。勝てるかどうかは誰にもわからない。失敗する危険があるという不安定さこそ、アーティストにとってプラスじゃないかと思う。言い換えれば、とてもとても実存主義的なことであり、未知なる世界へ一歩足を踏み入れることを受け入れることでもある。その行為こそがクリエイティブなのであり、機会があればアーティストはちゅうちょせずにそこに飛び込むべきだ。この小説で初めて出会ったミシェルというキャラクターにはとても惹かれた。アメリカ映画ではお目にかかったことのないタイプの強いヒロインにね」