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マンUは“妥協”してのC・ロナウド獲得だった? 当時の本命選手が明らかに

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ゲキサカ

 元マンチェスター・ユナイテッドの最高経営責任者であるピーター・ケニオン氏が、2003年にポルトガル代表FWクリスティアーノ・ロナウド(現ユベントス)を獲得した経緯を明かした。イギリス『ザ・サン』が伝えている。  同紙によると、ユナイテッドは同年夏の移籍市場で本命としていた元ブラジル代表ロナウジーニョ氏の獲得に失敗。その代役として浮上したのが当時スポルティング・リスボンに所属していたC・ロナウドだったという。  イギリス『デイリー・テレグラフ』のインタビューでケニオン氏は、ブラジルのスター選手を迎え入れるために「本当に一生懸命努力した」と認めている。しかし、所属元のパリSGからの金銭的な要求は法外なものだったことから、最終的に当時18歳のC・ロナウドを選んだと説明した。  ロナウジーニョ氏は2002年の日韓W杯でブラジルの優勝に貢献。翌年夏にユナイテッドとバルセロナが争奪戦を繰り広げ、ユナイテッドより高額な2900万ポンド(約39億円)のオファーを提示したバルセロナが獲得に至った。  その後、S・リスボンとの親善試合をきっかけにC・ロナウド獲得に動き出したユナイテッドは、10代選手の移籍金として当時イングランド史上最高額となる1200万ポンド(約16億円)で契約。C・ロナウドは2009年に8400万ポンド(約113億円)でレアル・マドリーに移籍するまで、UEFAチャンピオンズリーグ(欧州CL)制覇や3度のプレミアリーグ優勝など、数々のタイトル獲得に貢献した。  加入当初はドリブラーとして鳴らしていたC・ロナウドだが、恩師であるアレックス・ファーガソン氏の下、ユナイテッドで世界屈指のゴールハンターに成長。レアル時代も含め、これまでバロンドールを5回受賞している。同紙は、もしユナイテッドがロナウジーニョを獲得していたら、C・ロナウドがここまで成功することはなかったかもしれないと言及した。

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