書評家・村上貴史が「伏線が導く驚愕は一級品」「満足感の塊」と唸った本4作(レビュー)
十九世紀の文豪にして音楽家、E・T・A・ホフマンを題材とした逢坂剛『鏡影劇場』(新潮社)から。ギタリストの倉石はスペインで古い文書を購入した。裏に書かれた楽譜目当てだったが、彼の妻は文書とホフマンの関係に気付き、友人でありドイツ語准教授でもある古閑沙帆に解読を依頼する。沙帆は倉石夫妻と相談の上、より適任であるドイツ文学者の本間鋭太に翻訳を委ねることとした……。 構造がなかなかに入り組んでいる。まず、本書全体としては“本間鋭太から送られてきた原稿を、逢坂剛がほんの少しだけ手直しして新潮社から出版した”という設定になっている。その原稿の中身は二つに大別され、一方は本間が訳した例の古文書だ。こちらは文豪の日々を克明に綴ったものとして愉しめると同時に、書き手は誰かという謎にも心奪われる。もう一方は、沙帆の視点で、原稿の翻訳依頼に伴う倉石家との交流が描かれている。こちらでは、沙帆が覚えた違和感や、図らずも抱え込んだ“秘密”などのじんわりとしたサスペンスが読み手の心を捉える。かくして読者はこの一五〇〇枚の大作をグイグイ読み進み、最後の袋綴じに到達することになる。そしてこのなかに、さらにもう一段深く濃密なミステリが潜んでいることを知るのだ。本を閉じた後、とんでもないものを自分は読んだのだという幸せに強く支配される。
芦沢央『汚れた手をそこで拭かない』(文藝春秋)は独立した五篇を収録した短篇集。主役たちの焦りや後ろめたさが読み手に伝播し、自分の窮地であるかのようにハラハラしながら頁をめくってしまう。各篇のピリオドも鮮やかで、“買い”だ。
森川智喜『死者と言葉を交わすなかれ』(講談社)は、浮気調査を依頼された探偵がターゲットの車に盗聴器を仕掛けたところ、彼が“死者”と会話していたらしい音声を記録してしまった……。共感できない登場人物も何人かいるのだが、丁寧かつ大胆に張られた伏線が導く驚愕は一級品。