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中国出身の「美魔女」が見つけた本当の美 SNSで続ける朗読作品 「いいね」よりも大事にしていること

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中国生まれの杉山怡萍(イーピン)さんは、バスケットボールの元プロ選手で、医学生でもありました。日本にバスケのコーチとして来日し、日本人男性と結婚。2010年には「第1回国民的美魔女コンテスト」でファイナリストに選ばれました。50歳を過ぎた今、取り組んでいるのが朗読です。「自分の姿を見せびらかすのではなく、深みを出すことを望んでいます」。32年にわたる日本での生活で起きた変化について聞きました。 【画像】奇跡の50代、100倍の競争勝ち抜いた初代美魔女の美しさ、2020年に増えたマスク姿

「祖父が呼んだ」ため来日 美魔女コンテストに参加

イーピンさんは北京生まれ北京育ちです。両親は、1950年代の中国の有名なバスケットボールの選手で、イーピンさんも、中学校の時にスカウトされました。プロのバスケットボールのチームに所属し、ナショナルチームのU20にも選抜されたこともあります。 その後、上海の名門医科大学に入学し、外科医をめざします。ところが、大学4年生の時に、日本の大学から、奨学金付きの留学生として、選手とコーチ就任の話が舞い込んだのです。 80年代の中国では、留学はまだ珍しいことでした。 「心が動きました。祖父はかつて日本への留学経験があり、小さい時から日本の生活などをよく聞かされていたので」と語るイーピンさん。 留学の誘いを受けた時、祖父はすでに亡くなっていましたが、「これは、祖父が呼んでくれたかなと感じた」と留学を決意しました。 88年に来日し、拓殖大学で留学生として勉強しながら、バスケットボール部を指導し、当時「関東大学女子バスケットボール連盟」の4部だったチームを2部に引き上げました。その後、大学院のゼミで知り合った日本人の夫と結婚。帰化をして、名前も杉山になりました。 記者がイーピンさんを知ったきっかけは「美魔女」でした。 2010年、第1回国民的美魔女コンテスト(光文社主催)に参加したイーピンさんは、2300人以上の応募者から、20人の美魔女ファイナリストに選ばれました。倍率は100倍以上の狭き門でした。

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