有栖川有栖さんが講演「上町台地を舞台に新作を手掛けたい」/大阪
大阪の陣400周年を記念した大阪連続講座「乱世の大坂―よみがえる大地の記憶―」がこのほど、大阪市西区の市立中央図書館で始まった。初回は大阪市生まれの作家、有栖川有栖さんが「上町台地と大阪の文学」と題して講演。天王寺七坂をモチーフとする連作短編集の創作秘話を披露しながら大阪文学論を展開し、会場を埋めた300人の観衆が熱心に聞き入っていた。
上町台地から見渡す「国生み神話」の原風景
有栖川さんは、太古の時代から大阪の歴史をひもとき始めた。東西の幅2、3キロ、南北12キロほどの細長いろうそく状の上町台地だけが陸地を形成し、周囲には海や潟が広がり、小さな島や砂州が点在していた。有栖川さんが生まれた東住吉区の桑津や豊津、江坂などの大阪の地名には、かつての海岸線の記憶が刻まれていると説く。 その上で、『日本書紀』に記された「国生み神話」に言及。海をかきまぜたほこの先からこぼれ落ちたしずくが島々となり、やがて国が生まれたとする神話だ。有栖川さんは「古代人は上町台地から大阪湾や瀬戸内海をながめ、島々が点在する世界から国が生まれたと考えた。上町台地から見渡した大阪湾が、『国生み神話』の原風景」と位置付けた。 古代、上町台地に難波宮が築かれ、飛鳥とともに王城の地となって以来、大阪は中近世、近現代を通じて、都市として栄え続けてきた。こうした息の長い繁栄の地は、「大阪と博多ぐらいではないか」と指摘する。 中世の説教節に登場する大阪の物語の一部題材は、近世を迎えてから歌舞伎や文楽などに受け継がれ、民衆に親しまれる文芸や演芸の源泉となった。藤原家隆、井原西鶴、近松門左衛門、松尾芭蕉から、谷崎潤一郎、織田作之助まで、有栖川さんは大阪ゆかりの作家たちをダイジェストで網羅していく。
連作短編集『幻坂』は「坂が書かせてくれた」
有栖川さんは上町台地と大阪文学の歴史を振り返った後、「私にとって、大阪とは上町台地。いつもぎわう梅田や難波よりも、ゆったりした時空が広がる上町台地が好ましい」と、言い切る。「夫婦善哉」「木の都」などで、ふるさと上町台地を書きつづった織田作之助を高く評価する一方、上町台地にまつわる現代作品が少ないと嘆く。 そこで、有栖川さん自身が「読めないのなら、自分で書こう」と挑んだのが、昨年刊行した連作短編集『幻坂』だった。真言坂や口縄坂など、天王寺七坂と呼ばれる坂を舞台とした幻想的作品集で、「どんな物語がいいか、坂に聞いたら教えてくれる。坂が書かせてくれた」という。さらに観衆からの質問に答え、「『幻坂』で描いていないエリアを舞台に、上町台地の新しい作品を手掛けたい」と、上町台地文学の次回作へ意欲を示していた。 有栖川さんが上町台地文学の代表作のひとつとして取り上げたのが、司馬遼太郎の『城塞』。大坂の陣の一部始終に迫った長編だ。有栖川さんは作品の冒頭部分を読み上げながら、「内外を旅した司馬さんが、生駒山から振り返る大阪平野の景色がいちばん好きだと打ち明けています。大阪好きのサインを作中にしのばせた司馬さんと、思わず目が合う感じがします」と、作家らしい表現で司馬文学にもエールを送っていた。 この連続講座は4回シリーズで入場無料。詳しい問い合わせは市立中央図書館(06・6539・3302)まで。 (文責・岡村雅之/関西ライター名鑑)