新種の古細菌の発見から探る「私たちはどこから来たのか?」の謎≪特集 令和2年版科学技術白書≫
「不完全な」生物の生存戦略
延さんが言う所の「全く違うエネルギー獲得の戦略」とは、一体何なのか。古細菌を含む多くの微生物は、外部から取り込んだ栄養を分解して得たエネルギーで自分の体を作り、やがて分裂して数を増やしていく。ところが今回見つかったMK-D1は、自力でエネルギーを合成できない。つまり、自分だけでは体を作ることも、増殖することもできないというのだ。井町さんの言葉を借りれば「ここまで不完全な生き物はない」MK-D1は、どうやって生きているのだろう?
実は、培養方法を試行錯誤する過程で、MK-D1は別種のある微生物が周囲にいる状態でよく生育することが分かっていた。そして、これら周囲の微生物の生育には、MK-D1がエネルギーを合成する時に発生する水素が必要だった。さらに、MK-D1のように酸素の少ない環境で生きる古細菌は、過剰な量の水素がある場合エネルギーをうまく作ることができない。ここで、MK-D1の生存戦略が浮かび上がってくる。つまり、水素を周囲の微生物に渡しながら、自身のエネルギー合成の一部を肩代わりしてもらっている、というのだ。
さらに、井町さんと延さんは、この共生関係のカギとしてMK-D1が持つ「触手のような突起」に注目する。MK-D1はこの突起を使って周囲の微生物とからみ合い、物質の受け渡しを含めた相互作用を行なっているのではないかというのが、現在研究グループが立てている仮説だ。
MK-D1の発見が描く、生命進化の絵図
さらなるゲノム解析の結果、MK-D1からはこれまで真核生物だけが持っていると思われてきた遺伝子が複数見つかった。これらの発見はMK-D1が「古細菌の中でも真核生物に最も近い生物」であることを意味する。延さんは、MK-D1に関するこれらの発見を踏まえて私たちの祖先がたどった進化の歴史を、こう推測する。
今から27億年前、地球では酸素濃度が劇的に上昇し始めた。酸素のない環境にいた当時の生物にとって、それは自らの生存を脅かす大きな変化だった。この時、酸素のない環境に住むことを選んだものがいた一方で、酸素を使うことでより効率良くエネルギーを合成するものも現れ始めた。