新種の古細菌の発見から探る「私たちはどこから来たのか?」の謎≪特集 令和2年版科学技術白書≫
「微生物学では、培養した菌が増えているかは見ればすぐ分かる、というのが常識。いくら増えても肉眼で判断ができないレベルにしか変化しないというのは予想していなかったので、そこに気づけたのは大きかったです」と語る。それだけに「1カ月ごとに古細菌が増えていくデータを取れた時は、勝ったと思いましたね」
触手を持つ古細菌MK-D1
実に足掛け12年で培養にこぎ着けた新種の古細菌には「MK-D1」という名が与えられたが、その姿はこれまで知られていた古細菌とは全く異なっていた。高性能の顕微鏡で形を詳しく観察した結果、触手のような突起を周囲に延ばす姿が捉えられたのである。一方で、多くの古細菌と同じく内部には核などはなく、その構造は比較的単純だった。このMK-D1はどのように生活しているのか、言い換えれば生きるために必要なエネルギーをどうやって作り出しているのか、そのメカニズムの解明が研究グループの次なる目標となった。
新たな問いを解くヒントは、冒頭でも少々触れた「ゲノム」にある。そもそも「ゲノム」とは、ある生物が持つ遺伝情報すべてを指す言葉。その中で、実際に生物の体を作るのに必要な部分が「遺伝子」と呼ばれる。実際の生物では、エネルギーを作るための化学反応は複数あり、しかもそれらがいくつもつながっている場合がほとんど。従って、どの反応がどう機能しているかを知るには、ひとつひとつの遺伝子だけでなく、遺伝情報の全体であるゲノムを丸ごと調べることが必要となる。
ここで大きな力になったのが、AIST研究員の延優 (のぶ・まさる) さんだ。学生時代に工学を学んだ経験から、単にデータを解析するだけでなく、どう反応が進むか予測するよう意識しているという延さんは、MK-D1のゲノムを見てあることに気づいたという。
「原核生物は自分の細胞内でエネルギーを作れるよう、自己完結した反応経路を持っていることが多いんです。でも今回新しく見つかったMK-D1は、エネルギーを作るためのいろいろな反応経路を、断片的にしか持っていない。そこから、今まで知られていたものとは全く違うエネルギー獲得の戦略を持っているのでは、と予想しました」