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あらゆる生物の営みに寄り添う、有機的なパフォーマンス。松井みどり評 ジョーン・ジョナス『Reanimation』

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美術手帖

堆積する行為、生成する時間   ジョーン・ジョナスは、1960年代の終わりから、彫刻、ドローイング、鏡や仮面などの小道具、行為とヴィデオによる記録やライブ投影を組み合わせて、身体運動の直接性の発現と、女性のイメージの社会文化的形成の考察という、パフォーマンスの両側面を探ってきた。文学作品や科学的文献、童話や神話からの引用に、旅を通して得た映像や共演者たちを加えた現在の複合的な上演と展示の方法は、トロイのヘレン神話を脱構築した2002年の『砂の上の線*(Lines on the Sand)』によって確立され、12年のドクメンタ13で発表された『Reanimation』において、19年の『陸を離れてII*(Moving Off the Land II)』のような現在の制作へと続く、人間とほかの生物とのつながりについて考察するための器となった。  『Reanimation』は、ジョナスが、アイスランドの作家ハルドル・ラクスネスによる、ミステリー、喜劇、哲学の要素を組み合わせた1968年の夢想的小説『極北の秘教』に触発されると同時に、氷河の融解などの地球環境の破壊的変化を懸念して構成した2010年のレクチャーを母体としている。ジョナスが『極北の秘教(Under the Glacier)』の引用を読みながら机の上で組み合わせる様々なイメージをオーバーヘッドプロジェクターに投影する仕組みを基本として、フィンランドの風景の映像、1974年の自身の映像作品『かき乱すもの*(Disturbances)』の断片、北欧の少数民族サミの歌謡、ライブドローイングやジェイソン・モランのピアノ曲のライブ伴奏が組み込まれた。  『Reanimation』は、2019年の12月にジョナスの京都賞受賞を記念して京都で再演され、個展で展示された。個展が、1970年代から現在までのジョナスの芸術の方法と主題の進化をコンパクトに示したのに対し、パフォーマンスでは、その表現の根幹にある、様々な断片の連想を通した堆積と凝縮という、詩的飛躍と統合の原理を体現してみせた。  そこでは、魚や鳥、花などの小さなものから氷河に至る雄大なものまで、地球上のあらゆる生命の多元的な営みを、細部が影響し合う有機的なプロセスとしてとらえる哲学的主題が浮き上がった。その主題は、アーティストの身体を中心としたイメージ、言葉、音の豊穣な絡まり合いを通して、感覚的な真実として、観客に届けられた。  冒頭で、緩やかに溶け出す氷河の映像が大写しにされたが、全体の内容は、環境破壊への警鐘というよりは、すべてを呑み込むいっぽうで人間に恵みを与える氷河を「世界の中心」として描く原作小説のように、人間と自然が共存する世界の豊かさを伝えていた。  山の懐に抱かれる家々、体をかがめて嵐を避けるユキホオジロ、野原、雲の流れといった映(画)像が世界の営みの様々な相を拾い上げるいっぽうで、それらイメージの輪郭をなぞり、新たな映像を幾重にも重ね、玩具や日用品を使ってパラパラ、カタカタといった、微細で同質な音の連続を産み出すアーティストの行為は、現象世界が、小さな細胞の連結と解体を通して保持されていくことを示唆し、その営みと寄り添おうとしているようだった。  そこでは、「なぞる」という動作が、事物の本質を無心に探り、それと一体化しようとする人間の意志を表していた。無窮の氷河が温度や重力や時間の影響により変容し、野の百合が高性能のマイクをあてると言葉を発しているように思えるといった原作からの引用に対して、ひらひらと手足を動かし泳ぐ人や波でゆがむその映像や、墨に氷を落として撥ねでドローイングするアーティストの動作が、視覚的な層をつくることで、異なる身体同士の接触により生じる、世界の揺らぎをなぞっていた。  もし、事物の動的な関わり合いが世界を動かして(アニメート)いるのなら、そのプロセスをなぞる芸術は、「リアニメーション」だろう。無名の行為の堆積の意義が認められるいっぽうで、山羊や古代魚のクロースアップが、唯一無二の生命の個別性を讃えていた。  ジョナスのパフォーマンスは、1時間ほどの持続のなかで、行為、言語、イメージ、音の連鎖を通して観客の五感を刺激し、その印象を介して有機的な世界観を伝えた。観客はジョナスによる断片の組み合わせを即応で「なぞる」ことで、彼女の詩的創造に参加するよう促された。それは、一方向に進みながらも多重に意味を拡張させる演劇的時間の創造性を体感させた。「時間は、世界の創造の始まりであり終わりである」という最後の引用は、パフォーマンスの生成への言及のようにも思われた。 *タイトルの和訳は筆者による

文=松井みどり