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不運すぎる…「あと一人」で完全試合を逃した男たちの“悲しきブルース”

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ベースボールキング

◆ 「あと一人」で完全試合を逃した投手は4人  新型コロナウイルスの影響により、開幕が3カ月も遅れてしまったプロ野球。そんななかで、過去のプロ野球のニュースを調べてみると、興味深い出来事が数多く残っている。 ☆「完全試合まであと1球」…“槙原記念日”のたびに思い出す、8年前の杉内俊哉の快投  今回は「プロ野球B級ニュース事件簿」シリーズの著者で、ライターの久保田龍雄氏に“完全試合を逃した男”のエピソードを振り返ってもらった。 ◆ 第1号はその試合が“最後の勝利”に…  NPBでは、ノーヒットノーランはこれまで81人によって92回(3回達成が2人、2回達成が7人)達成されているが、そのうち完全試合は15人(いずれも1回)だけ──。  四死球やエラーが絡んでも条件を満たすノーヒットノーラン以上に、完全試合は運の占める割合も大きくなることを示している。  そして、「あと一人」で完全試合を逃してしまったという不運な投手も4人いる(ちなみに、メジャーでは2013年のレンジャーズ・ダルビッシュ有を含めて13人)。その第1号が、阪神の左腕・田宮謙次郎である。  1950年3月16日の国鉄戦(倉敷)、田宮はキレの良いカーブとコーナーワークで9回二死までパーフェクト。日本初の完全試合目前だった。  27人目の打者・中村栄は、フラフラと三塁前に打ち上げる。普通なら平凡な三飛だが、セーフティバントの構えを見て、サードの藤村富美男が本塁目がけて猛ダッシュしていたことが裏目に出た。  バスターの形になった打球は藤村の頭上を越え、無人の三塁ベース手前にポトリ。ショート・西江一郎が追いついたときには、すでに俊足の中村は一塁ベースを駆け抜けていた。  パーフェクトが一転、1安打完封勝利になってしまった田宮。その後は肩を痛めて1952年から打者に転向したため、この“準完全試合”が投手として最後の白星となった。 ◆ キャリア唯一の安打に阻止される  日本初の完全試合は、そんな田宮の試合から約3カ月後の1950年6月28日、巨人・藤本英雄が西日本戦(青森)で達成する。  そしてその2年後、巨人の同僚・別所毅彦は、史上2人目の“あと一人に泣いた男”になった。  1952年6月15日の松竹戦(大阪)、別所は9回二死までパーフェクト。次打者は投手の片山博とあって、松竹・新田恭一監督は入団2年目、19歳の控え捕手・神崎安隆を代打に送り出した。  神崎は2球続けてセーフティバントを試みたが、これがいずれも失敗。カウント1ボール・2ストライクから別所のストレートが内角にズバリと決まり、見逃し三振で試合終了…と思われたが、金政卯一球審の判定は「ボール」。  「何で今のがボールか!」と別所は激怒。頭に血が上ったまま投じた5球目は、外角に大きく外れてフルカウントに。四球を出してしまえば、完全試合もパーになる。別所は「打てるもんなら打ってみろ」とばかりに真ん中に自慢の速球を投げ込んだ。  神崎はこれをかろうじてバットに当てるも、当たりはボテボテの遊ゴロ。ところが、前夜の雨でぬかるんだ土が球足を止め、一塁は間一髪セーフ。この“完全試合阻止打”が神崎にとってのプロ初安打であり、実働3年間で唯一の安打となった。  別所は次打者・松岡一郎を三振に打ち取り、準完全試合を達成。しかし、「そりゃあ、悔しかったね」と、その後、この話題が出るたびに不機嫌になったという。 ◆ 2度の“準完全試合”  3人目は、国鉄の右腕・村田元一だ。  1962年7月12日の阪神戦(後楽園)、9回二死までパーフェクト投球を続けた村田は、27人目の打者・西山和良も一ゴロに打ち取った…かに見えた。  ところが、打球はなんと小石に当たってイレギュラー。ファーストの星山晋徳が捕球に失敗したため、記録はエラーになるかと思われたが、これが内野安打の判定に。パーフェクトばかりでなく、ノーヒットノーランまでフイになってしまった。  これは星山のエラーで完全試合が途切れてしまったことを気の毒がった審判の温情判定だったともいわれるが、1958年4月26日の大洋戦に続き2度目の“準完全”となった村田は、その後もノーヒットノーランは1度も達成できなかった。 ◆ 最近では8年前に…  そして4人目が、巨人時代の杉内俊哉だ。  2012年5月30日の楽天戦(東京ドーム)、9回二死までパーフェクトの杉内は、27人目の打者・中島俊哉を1ボール・2ストライクと追い込み、完全試合まで「あと1球」。  そこから2球連続ボールでフルカウントになったあと、運命の6球目、内角低めの直球はコース・高さともギリギリの微妙なところだったが、良川昌美球審の手は上がらなかった。  四球の直後、聖沢諒をフルカウントから見逃し三振に打ち取り、史上75人目のノーヒットノーランは達成したものの、「あれをストライクに取ってくれていたら…」と残念がるファンも多かった。  だが、杉内は2018年の現役引退に際し、「ボールですね。中島にはよく打たれていた。僕が逃げたんでしょうね」と回想している。  快記録まで「あと一人」に迫りながら、4人ともクリーンヒットではなく、当たり損ねの内野安打や四球で夢が消えているのも、運の要素が大きい完全試合ならではと言える。  1994年5月18日の巨人・槙原寛己を最後に、もう四半世紀以上達成されていない完全試合。だが、実はこの試合も「あと一人」でヒヤリとする場面があった。  9回二死、広島の27人目の打者・御船英之が打ち上げた一邪飛を落合博満がベンチ前まで追いかけ、体勢を崩しながらも好捕したのだが、もし落球してエラーが記録されていたら、“準完全”に格下げされるところだった。  完全試合をめぐる幸運と不運の分かれ目は、まさに紙一重なのである。 文=久保田龍雄(くぼた・たつお)

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