山本益博が毎月1本、落語名作をご紹介ー今月は『らくだ』
『らくだ』ー乱暴者“らくだ”の葬儀を巡り、登場人物の性分が露呈していく古典落語の大作
グルメ評論でおなじみですが、山本益博さんは40年以上、名人芸を追い続けてきた落語評論家でもあります。名人たちに語り継がれてきた落語の名作から、益博さんお気に入りの噺を毎月一席ずつ、主宰されるCOREDO落語会の話題も交え、ご紹介いただきます。(ぴあアプリ「山本益博の ずばり、この落語!」より転載) 表題の「らくだ」とは、長屋に住んで住人に迷惑をかけつづけた乱暴者のあだ名である。河豚に当たって命を落としたところへ兄貴分の「丁の目の半次」がやってきたところから噺が始まるので、噺には登場するが「らくだ」の台詞は一切ない。 主要な登場人物は、その丁の目の半次と、たまたま「らくだ」の家の前を通りかかった屑屋の久六のふたり。 噺のあらすじの代わりに、「落語登場人物事典」からふたりの人物像を見てみよう。まずは、丁の目の半次。 「遊び人。ふぐに当たって死んだ弟分、“らくだの馬”の第1発見者。酒と乱暴ではらくだ以上と評判だが、相手が高圧的に出ると、意外に意気地がない。 弟分のために葬式を出そうと、通りかかった屑屋の久六を引き込んで脅し、長屋の月番のところに香典の催促にいかせる。つづいて、通夜の酒と肴を断ってきた大家の家に乗り込み、久六と二人で、らくだの死骸に“かんかんのう”を踊らせる。 せしめた酒と肴で通夜の真似事をしていると、酒乱に転じた久六に逆に凄まれ、たじたじとなる。らくだの死骸を、八百屋から手に入れた菜漬けの樽に入れ、久六と差担いで落合の火屋(火葬場)に運ぶ途中、小滝橋あたりで落とし、酔って寝ていた願人坊主を代わりに樽に入れてしまう」 つづいて、久六。 「屑屋。六十八歳の母親と女房、十二歳を頭に三人の子供たちを養う仕事熱心な男。おとなしく、争い事を好まぬ性格だが、ひとたび酒が入ると豹変。人が違ったように粗暴になる。元はそれなりの暮らしをしていたが、酒のために身を持ちくずしたとされる。 出入りの長屋で、河豚に当たって急死した、らくだの馬と呼ばれる無頼漢の兄貴分、丁の目の半次につかまったのが運の尽き。商売道具の鉄砲笊と秤を取り上げられ、らくだの馬の葬式のために、一日棒に振ってしまう。 長屋の月番のところへ行って、嫌がる住人たちを説得し、香典を集めるように頼んだり、角の八百屋へ行って、早桶代わりの菜漬けの樽を調達したりと、忙しく駆け回る。らくだの馬の遺体を背負って、通夜の搬出を拒んだ大家の家で、“かんかんのう”を踊らせるという、生涯に二度ないであろう貴重な体験もする。 通夜の準備が整い、仕事に戻れるかと思ったが、大家が届けた酒を清めだからとすすめられ、仕方なく飲みだす。二杯、三杯と盃を重ねるうちに、酒乱の本性が現れ、二人の立場が逆転する。 遺体の頭を丸めると、二人で天秤棒をかつぎ、落合の火屋(火葬場)まで仏を運ぶ。途中、樽の底がぬけて、らくだの馬を道端に落とすが、酔っているので気づかない。火屋に着いてあわてて探しに戻るが、道端で酔いつぶれていた願人坊主を樽におさめて、火屋に舞い戻る」 私が落語に夢中になりだした昭和50年代(1970年代)、『らくだ』と言えば、六代目笑福亭松鶴の十八番だった。噺は上方種であるし、大柄で、酒のみの松鶴の柄にじつによく合った名作と言ってよい。 東京で一度だけ、その松鶴の『らくだ』を聴いた。久六が次第に酔っていく様が、とても自然にしかもかなりリアルに感じられた高座で感心したことを覚えている。 東京では、『らくだ』と言えば、まず八代目三笑亭可楽の名前が挙がった。残念ながら私は、可楽の高座には間に合わなかったので、『らくだ』は聴かずじまいである。 それからかなり経って、衝撃的な『らくだ』に出逢うことになる。立川談志の『らくだ』である。