【コラム】エディー体制、1年目を終えての所感。(向 風見也)
エディー・ジョーンズが「SNSはトイレの落書きの電子版」と発したのは今年8月。ラグビーのイングランド代表、オーストラリア代表を指揮したうえで、約9年ぶりに日本代表のヘッドコーチに戻ってふたつ目のキャンペーンに臨むタイミングだった。 秋が深まるまもなく過ぎ去ろうとするいま、そのSNSで様々に評されている。 10、11月にあったみっつめの活動で、ニュージーランド代表、フランス代表、イングランド代表といった強豪国にそれぞれ19-64、12-52、14-59で屈した。特に敵地で挑んだ最後の2試合は、序盤から差をつけられた。 その間には格下と見られるウルグアイ代表を相手に2つのカードを出しながら36-20と辛勝も、就任初年度の戦績は4勝7敗。顔の見えない刺々しい私見にさいなまれた。 欧州ツアーのスコアには背景がある。 1987年に始まったワールドカップで、ニュージーランド代表、フランス代表、イングランド代表は過去にそれぞれ5、3、4度ずつ大会決勝へ進んでいる。 かたや日本代表は、1大会で複数回以上の白星を挙げたのは、2015年のイングランド大会以降の3回のみだ。さらに決勝トーナメント進出は、自国開催だった’19年に限られる。それも、自国出身者の体格差がある中、その時々の指揮官が多国籍軍を編み、長期間をかけて独自の勝ち筋を熟成させた結果だ。厳しい前提条件を踏まえ、確たる計画を貫いたわけだ。 ‘23年のフランス大会では予選プール敗退。‘27年のオーストラリア大会へは、さらにタフなシチュエーションが課される。 この秋対戦した面々とは、自国リーグの強度が異なる。さらに’16年から日本にあったスーパーラグビーへの参戦権は、’20年で失われている。テストマッチを「受験本番」とすれば、「模試」や「予備校での問題演習」の質が違う。その状況を、この列島は4年も受け入れてきている。 さらに世界がパンデミックにさいなまれた’20年に、現在の「ハイパフォーマンスユニオン」で’20年に一度もテストマッチをしなかったのは日本代表を含む2か国のみ。もうひとつの南アフリカ代表は’23年にワールドカップ2連覇も、それまでの間、日本ラグビーフットボール協会は選手層拡大に苦慮。現場指導を一手に引き受けたジェイミー・ジョセフ陣営は、既存のレギュラーと一部の抜擢選手の強化に集中して’23年の爆発を目指した。’21年以降、その時々の条件により上位国と接戦を演じられたのはその産物だ。 フランス大会後にバトンを受けたジョーンズは、大幅な若返りを断行している。次のワールドカップから逆算すると、代表級の選手の頭数を増やす作業はいまから始めないと間に合わないからだ。 総括会見で「ここまで大差で負け続けると、選手が自信を失うのではないか」と聞かれ、こう発した。 「ウエールズ代表は昨年のワールドカップで8強入りも、今年度は1勝たりともしていません。こうした時期はどのチームにおいても全く普通のこと。いかがでしょうか。フランス代表、イングランド代表に簡単に勝てると思いましたか?」 真剣に番狂わせを目指した選手がいた中でボスがこう断言したのには驚かされるが、言説そのものは決して荒唐無稽でない。 「皆さんが結果に不満に思い、コーチや選手についての質問をされたい意思もわかります。ただ、ここは現実的になる必要があります。我々のスコッドにはタフな選手が必要ですし、私は問題を修正し立ち向かうためにヘルプを惜しみません」 改めて、ワールドカップで結果を出すには4年間のプランニングが肝要だ。チャレンジャーの立場にとってはなおさらだ。 いまのコンセプトは『超速ラグビー』。万事において相手より一歩先に動いたり、球をもらう前から集団的に相手側へ仕掛けたりする意識を言語化したものだ。 陣地を問わない連続攻撃は、いまの方針上たくさん起こりがちな選択肢のひとつに過ぎまい。丹念にフェーズを重ねながら相手の圧力などでボールを失うなか、「いまは『超速ラグビー』の極端なバージョンをしている」とジョーンズ。頭の中に強化の手順があるとわかる。 秋の大量失点を踏まえ、ジョーンズは守りについてもジャッカル技術のてこいれなどの改善策を示す。 一方で複数の選手は、いま打ち出されている防御システムそのものに不備があるのではと心配する。前向きな組織プレーの前提にあるべき、選手とスタッフとの意思疎通が欠いているのかもしれない。 ただ、この混とん状況にも既視感はある。 ジョセフ体制も初期には選手とコーチ陣との対話不足、指導の現場と強化委員会とのコミュニケーション不良といった諸問題を乗り越えてきていた。 時を経てジョーンズは言う。 「新しくチームがスタートした。コーチンググループも新しいです。選手とのコミュニケーションでそうした問題(行き違いなど)が起きることは、あるかもしれません」 これからは、今年厳しいレッスンを受けた若者、ここまで怪我などで代表を離れていた熟練者、さらには新たに代表資格を得る海外選手のコラボレーションも待たれる。永友洋司ナショナルチームディレクターは言う。 「来季に向けては、いまのできたベースを崩さず、どう選手たちを招集できるかが大きな鍵になる」 SNS上での発信者は、どれだけの基礎情報や原理原則を踏まえているかより、どれだけ刺激的な言い回しができるかで支持を集めているように映る。現場の御用聞きではないメディアにいても薄気味が悪いと感じるのだから、内部の人間は黙っていて欲しいと思ってもおかしくはない。 ただ、そうだったとしても、いまある懸念点を放置することは決してなかろう。厳しい現状を認識するジョーンズとて、「勝つのはいつかと聞かれれば、もちろん明日勝ちたい」と述べてはいる。 現状のリーグワンの質がテストマッチへの準備に満たないのであれば、かねて検討される学生代表の運用、他国が強化の主流に掲げるセカンドチーム(JAPAN XV)の最適化が必須か。 永友も「数年前まで我々が互角に戦えていたチームが世界トップ4と互角に戦っている。世界に目を向けながらの強化が急務」と頷く。 リーグワンの強豪クラブの運営担当者のひとりは、「もし代表やそれに準ずるチームを動かす予算が足りないなら、日本協会の幹部が新たなスポンサーを獲得すべきです」と警鐘を鳴らす。 選手からの戦術面での意見も、「謀反」と切り捨てるのは早計か。 日本協会が公募で指揮官にしたジョーンズが、着任時にコーチ陣の編成に苦労していたのは周知の事実だからだ。 ただいまのところ、日本協会が今後のジョーンズ体制をどうバックアップするかについて、明確なメッセージはない。 選手選考をめぐるジョーンズとのやりとりで不満を抱いたあるクラブの関係者は、「本来なら、選手がこの人のためなら身を捧げられるという人が指導者になるべき」と提言した。 ジョーンズは、日本に戻ったばかりなのにすぐに欧州へ立つ予定だと周辺は言う。ここまで懸命に働く人がもしも「この人のためなら」と思われていないのだとしたら、全体像を把握する見る立場の者が何らかのアクションを起こしたってよい。 改めて、求められるのは納得感のある検証、胸の高まる次善策の提示だ。それは、皆に見限られてネット上での悪口すら届かなくなってからでは遅い。 【筆者プロフィール】 向 風見也(むかい ふみや) 1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年よりスポーツライターとなり、主にラグビーに関するリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「スポルティーバ」「スポーツナビ」「ラグビーリパブリック」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会もおこなう。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)。『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(共著/双葉社)。『サンウルブズの挑戦』(双葉社)。