粉ミルク汚染で乳児が死亡、細菌クロノバクター・サカザキとは
2月に米国で汚染死亡事故が発生、粉ミルク不足が深刻に
食中毒を引き起こす細菌の中で、クロノバクター・サカザキ(Cronobacter sakazakii、サカザキ菌とも)は、大腸菌やサルモネラ菌ほど有名ではない。だが、新生児や免疫力が低下している人には大きな被害を与えることがある。 ギャラリー:電子顕微鏡で見た「人体にすむ微生物たち」 2022年の初め、米国でクロノバクター・サカザキに汚染された粉ミルクを摂取した2人の乳児が死亡していたことが明らかになった。2月、粉ミルクを製造した米アボット・ニュートリション社は大規模なリコール(自主回収)を実施し、ミシガン州にある同社の工場は操業を停止した。 それ以前から米国ではコロナ禍に伴うサプライチェーン(供給網)の混乱により粉ミルクが不足気味だったため、保護者たちは粉ミルクを求めて奔走することになった。今回の死亡事故とその後の粉ミルク不足は、クロノバクター・サカザキに対する米国の食品安全システムの弱点を露呈させた。 2013年に学術誌「Food Microbiology」に発表された論文では、新生児がクロノバクター・サカザキに感染すると50~80%が死亡するとしているが、幸いにも感染例は比較的まれで、米国では年に数件しか確認されていないと、オハイオ州にあるUHレインボー乳児・小児病院の感染症対策担当副医長を務める小児科医エイミー・エドワーズ氏は説明する。 氏自身は、新生児集中治療室(NICU)で働く12年の間に5~10回ほど遭遇したという。「それでも、2カ月の乳児からクロノバクター・サカザキが検出されたという電話がかかって来たら、ちょっとパニックになるでしょうね」と氏は言う。「大腸菌より怖いですよ」(編注:クロノバクター・サカザキによる感染症は、日本では2008年までの細菌名から「エンテロバクター・サカザキ感染症」と呼ばれることがある) クロノバクター・サカザキの名前は、自分の子どもが生まれるたびに食べてしまったというギリシャ神話の巨人クロノスと、グラム陰性菌の研究で知られる日本の微生物学者、坂崎利一にちなんで名付けられた。この細菌は、同じタイプの細菌が生存できないような環境でも生き延びられるように、巧妙なしくみを進化させている。 この性質こそが、クロノバクター・サカザキを注意すべき細菌にしているのだと、米ノースカロライナ州立大学の微生物学者で食品安全の専門家であるベンジャミン・チャップマン氏は指摘する。