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古田敦也、岸孝之、千賀滉大……無名校からプロ野球で大活躍した選手たち

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週刊ベースボールONLINE

 プロ野球で活躍する選手の経歴は十人十色だ。もちろん、大阪桐蔭高、横浜高、東海大相模高、広陵高など強豪校から多くの名選手を輩出しているが、全国的に知られていない無名校出身の選手も少なくない。球界のトッププレーヤーとして輝いている以下の選手たちを見ると、大きなロマンを感じる。 高校時代に「控え投手」も、プロ野球で大ブレークした選手たちとは

・古田敦也(ヤクルト) 兵庫・川西明峰高 ※通算成績 2008試合出場、打率.294、217本塁打、1009打点  名捕手として一時代を築いた「ミスタースワローズ」。シーズン盗塁阻止率.644と通算盗塁阻止率.462はともに日本記録で、大卒、社会人卒の選手で史上初の通算2000安打を達成した。そんな古田はアマチュアエリートではない。プロを目指していなかったため、自宅近くの県立川西明峰高へ。甲子園経験はなく、3年夏も3回戦で敗退した。大学は一般受験で立命大に進学。大学日本代表で活躍してプロの上位指名が有力視されたが、まさかの指名漏れだった。この屈辱を発奮材料に、社会人野球・トヨタ自動車を経てプロで超一流選手に上り詰めた。

・川村丈夫(横浜) 神奈川・厚木高 ※通算成績 368試合登板、71勝64敗4セーブ60ホールド、防御率3.72  県内屈指の進学校で知られる県立厚木高に進学。野球では無名校だが、川村はエースの3年時に春季大会ベスト4進出した。夏の神奈川県大会に第1シードで臨み、強豪の私立がひしめく中でベスト8に進出。準々決勝では「県立対決」で川崎北高の河原純一(元巨人)と延長16回の投手戦を演じて敗れたが名勝負として神奈川の野球ファンに語り継がれている。一般受験で立大に進学し、社会人野球・日本石油でアトランタ五輪に出場して銀メダル獲得に貢献。横浜(現DeNA)では1999年に17勝を挙げるなど主に先発として活躍した。

・浅尾拓也(中日) 愛知・常滑北高(現常滑高) ※通算成績 416試合登板、38勝21敗23セーブ200ホールド、防御率2.42  落合政権を支えたセットアッパー。最速157キロの直球と140キロ近い高速フォークを武器に、2011年にはリーグ最多の79試合登板で7勝2敗10セーブ45ホールド、防御率0.41という驚異的な成績で救援では異例のリーグMVPに選ばれた。そんな浅尾の経歴は異色だ。中学時代に軟式野球部で捕手を務め、無名校の常滑北高でも捕手だったが、投手不足の事情から2年秋に投手に転向。日本福祉大も当時は愛知大学リーグの2部と3部を往復するレベルだったが、浅尾は150キロを超える直球を武器に素質を開花。4年秋に1部に昇格し、地元球団の中日で強烈な活躍を見せた。

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