運賃「往復1万円」はアリか? 世界基準で見直す“富士山を登る鉄道”の価値
2020年12月2日、山梨県が設置した富士山登山鉄道構想検討会の第5回理事会が開催された。日本経済新聞などの報道によると、事業費は約1400億円、運賃収入は年間約300億円で「開業初年度から黒字化可能」という頼もしい試算が示された。ただし、肝心の運賃については往復1万円で、収入は300万人の利用を見込んでいるという。 【富士山登山鉄道構想の検討ルート】 現在の富士スバルライン(富士山有料道路)の通行料金は普通乗用車往復2100円。バス料金は富士山駅または河口湖駅から富士山5合目まで大人1人往復2300円。鉄道構想と同じ富士山パーキングから富士山5合目までだと大人1人往復2000円となっている。鉄道運賃が往復1万円となれば5倍の値上げとなる。 この運賃には富士山環境保全費用が含まれるかもしれない。現在の富士山の入山料は5合目以上で1人1000円。ただし支払わない人も多く問題になっている。そして5合目で引き返す人は不要。従って、5合目までの鉄道利用者にも負担してほしいという気持ちは分かる。 そうはいっても、往復1万円という運賃設定はアリなのか。乗客を運ぶだけ。観光路線といっても喫食サービスもない。純粋に運賃として設定すれば、国土交通大臣の上限運賃認可が必要だ。国は現状の手段の5倍の運賃を認めるだろうか。
富士急行の4倍の運賃だがユングフラウの半額
富士山登山鉄道は富士スバルラインを置き換える形で建設される。最も有力な方法はLRT(次世代型路面電車)だ。道路併用軌道とすれば消防、救急、警察などの緊急用自動車の通行も可能になる。もちろん鉄道に支障がある場合のバス代行も可能だ。 その富士スバルラインの距離は片道約30キロだ。この距離で鉄道運賃を比較すると、JR東日本の幹線では510円。大手私鉄では400円前後となる。地方鉄道の相場はもっと高く、近隣の富士急行の最長区間は大月~河口湖間26.6キロで運賃は1170円になっている。それでも富士山登山鉄道の運賃は4倍を超える。 往復1万円、年間300万人で年間収入300億円とは、いかにもどんぶり勘定のような気がする。理事会でも「維持管理費などを含めた予測が粗い」という指摘があった。ただし、報道を見る限り「運賃が高すぎる」という意見の記述は見当たらない。 そのような意見があるか否かは、富士山登山鉄道構想検討会の公式サイトに議事概要が掲載されるまで待たなくてはいけない。しかし運賃は利用者の大きな関心事であり、運賃について報じられないとなれば、往復1万円については異論がなかったと思われる。なぜなら、国際的な視野で見れば、これでも安いくらいだからだ。 例えば、スイスのインタラーケン・オスト駅とユングフラウヨッホ駅間の登山鉄道を乗り継ぐと片道で約100スイスフラン(12月3日現在、約1万1680円)。日本の旅行サイト「HIS」などでは往復2万2600円~2万8700円で案内されている。時期により価格が変わり、ユーレイルパスなど各種フリーパス向け割引がある。インタラーケン・オスト駅とユングフラウヨッホ駅は約35キロで、富士山頂と同程度の海抜3454メートルに達する。料金は富士山登山鉄道の約2~3倍だ。ラック(歯車式)鉄道など保守に手間のかかる技術を使っているとはいえ、そこは利用者には関係ない。約100スイスフランは受け入れられているということだ。 日本国内ではどうか。黒部峡谷鉄道は宇奈月~欅平間で20.1キロ。往復3960円。この運賃で相場感を持つと、富士山登山鉄道の往復1万円は高く感じる。しかし、公共交通機関で結ぶ山岳観光ルートとして、立山黒部アルペンルートがある。富山県側の立山駅から黒部ダム経由で長野県側の信濃大町駅まで、距離は55.2キロ。片道料金は大人1人9820円だ。少し範囲を広げて、電鉄富山駅と長野駅で計算すると1万2460円になる。 富士山登山鉄道構想は、立山黒部アルペンルートの相場感で料金を想定し「これでもユングフラウの半分だ。国際観光地の競争力も持てる」という運賃を設定したのかもしれない。ここまで視野を広げると、なるほど富士山往復1万円は高くない。むしろ日本一の霊峰富士山に対して「高い、もっと安くしろ」とは失礼な気がしてきた。あと1万~2万円を追加で払っていいから富士山頂まで延伸してもらいたいくらいだ。 そんな「料金の高み」から下を見れば、むしろ現在の富士スバルラインの通行料金は安すぎる。排気ガスをまき散らすクルマが安易に立ち入れないような、環境料金込みの価格設定が必要ではないか。