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【ヒルマニア】川上哲治監督が水原茂監督を超えた日…1972年6月9日の阪神戦へタイムスリップ

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スポーツ報知

 巨人が11日のヤクルト戦(東京D)に勝ち、原辰徳監督の通算勝利数が1067となって、川上哲治氏の1066勝を抜き、巨人の最多勝監督となった。では、その川上監督の勝利数が歴代最多となったのはいつ、どんな試合だったのか? 野球担当48年のベテラン・蛭間豊章記者が昭和時代へタイムスリップし、「監督勝利数が“更新”された日」に迫った。  川上監督以前の巨人監督歴代最多勝利は水原茂の通算881勝だった。その数字を川上監督が塗り替えて通算882勝目をマークしたのは1972年6月9日の阪神戦(甲子園)。しかし、翌日の紙面に、その数字はどこを探してもなかった。  監督勝利に関して、昔のスポーツ紙の扱いは小さかった。1974年に川上が通算1000勝を達成した時も、通算1000勝以上監督6人のランキング表が入っているだけ。なおかつ、川上は1000勝について、何も語らなかったという。監督はあくまで選手の黒子という意識もあったのだろう。  それはさておき、川上監督が単独トップに立った阪神戦を振り返ると改めて話題満載だったのがわかる。  首位巨人と2位阪神は1ゲーム差。阪神が勝てば再び首位に並ぶ大一番。また、堀内恒夫、江夏豊がともに通算99勝で、100勝を懸けたエース対決でもあった。  ちょうど1週間前、私が外野席で観戦した後楽園で同じ2人が激突。堀内は田淵幸一に2本塁打され黒星を喫していた。  その後の遠征で堀内は、主砲の王貞治から「ホームランバッターは必ず(得意な)ツボの近くに死角がある。そこを狙うんだ」のアドバイスを受け実践。右腕は、田淵を4打数ノーヒットに抑えただけでなく、2安打完封で記念の勝利をつかんだ。  そんな18番を“世界の王”がバックアップ。5回に2点目となる左前タイムリーを放つと、7回には右翼ポール直撃の16号アーチ。この一発で本塁打ダービーで田淵に並んだだけでなく、巨人通算3000本目の本塁打となった。  首位攻防戦の緊迫感満点の試合で投打の役者が活躍。今から思うと、巨人監督史上単独トップに立った通算882勝目にふさわしい会心の勝利だったと言えそうだ。ちなみに報知新聞の1面は2人の活躍の見出しと共に、創刊100周年を記念し当時の岡本武雄社長のメッセージが掲載された歴史的な紙面でもあった。=敬称略=(ベースボール・アナリスト)  ◆川上 哲治(かわかみ・てつはる)1920年3月23日、熊本・人吉市生まれ。左投左打。38年熊本工から巨人入りし、投手から一塁に本格転向した39年に首位打者。「弾丸ライナー」「赤バット」「打撃の神様」の異名で野球少年の憧れだった。58年の引退まで首位打者5度と2351安打、打率3割1分3厘は当時のプロ野球記録。61~74年に巨人監督を務め、65年からリーグ9連覇。2013年に老衰のため93歳で死去。  ◆水原 茂(みずはら・しげる)1909年1月19日、高松市生まれ。投手と三塁の二刀流として、高松商で2度全国制覇、慶大でも神宮のヒーロー。巨人でも名三塁手として42年にMVPになった。シベリア抑留から49年に帰国、翌年から巨人の監督として11シーズンで8度リーグ優勝、4度日本一。東映でも日本一に輝くなど計3球団で歴代4位の通算1586勝。選手としても523試合に出場している。82年に73歳で死去。

報知新聞社

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