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ポール・マッカートニーの自宅で──ありのままにすべてを語る【後編】

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GQ JAPAN

パンデミックによって休止した世界は、自身の心と向き合う新たなあり方を見つけた。あのポール・マッカートニーにとっても、今回のロックダウンは60年に及ぶミュージシャンとしてのキャリアをふりかえる絶好の機会になった。ポールの口からこぼれ出た言葉はこれまでにないほどに率直で、奇跡のような彼の人生を物語る面もちはじつに満足げだった。娘のメアリ・マッカートニーによる写真とともに独占インタビューを前後編に分けてお届けする。 【写真を見る】前編を読む

Q:あなたの人生の奇跡的な巡り合わせをじっくり思い返した経験はありますか?

A:経験があるなんてもんじゃない! 事あるごとに時間旅行をしているようなものさ。そのたびに「まったく、たいした人生だよ」とため息をつくんだ。それというのもビートルズのことさ。なあ、ちょっと一杯ぼくにくれないかい。それから座らせてくれ。じっくり話をしようじゃないか。 昔キース・リチャーズに言われたんだ。「あんたらにはシンガーが4人もいるけど、俺たちには1人しかいないからな」ってね。ぼくは心のなかで歓声をあげていたよ。鳥肌が立つ心地もした。シンガーどころか、ソングライター揃いだったのだからね。ぼくも、ジョンも、それからジョージもとんでもないソングライターだったし、リンゴだって「オクトパス・ガーデン」はじめ何曲かをつくりあげて……。ああ、この話を続けていいかな。深掘りすればするほどにあの頃の思い出が湧き出てくるのだから。まったく、鳥肌が立つほどだよ。 いちばんの奇跡といったら、4人がどうやって出会ったのかだよね。ぼくにはイヴァンという親友がいてね、そいつを通じてジョンと知り合ったんだ。それから、ぼくはバスで通学していて、次の停留所で乗ってくるやつがジョージだった。それってたいした偶然だよね? リンゴとは公演先のハンブルグで知り合って、たいしたドラマーだと思ったな。 リヴァプール生まれの4人がそんな偶然のおかげでバンドを組むことになったわけだけれど、ぼくたちは最初はひどいヘタクソだったんだ。だけどハンブルクで場数を踏んで揉まれるうちに演奏も上達していった。 ぼくたちにはアートという共通点があった。ジョンはアートカレッジに通っていたし、そこでスチュワート(・サトクリフ)と知り合ったわけだ。ぼくもアートにはかなり入れ込んでいて、それがビートルズの特色になっていた。工場労働者が集まったみたいな他のバンドとは明らかに毛色が違ったのさ。ハンブルクの楽屋でぼくが詩を朗読して、みんなが瞑想するように黙りこんでいることがあった。そこにどこかのサックス奏者が入ってきて、「あ、失礼」みたいな声を上げてそそくさと出ていったんだ。4人全員がどっと笑った。他のやつらとは違うという意識があった。4人のそうした思いがひとつに凝結したんだ。 ぼくはヒッチハイクが大好きでね。ジョージとウェールズまでヒッチハイクしたこともあったし、ジョンと一緒にパリまで行ったこともあった。道ばたでキャンプをしたあの時はジョージと一緒だったな。すばらしい晴天で、ライス・プディングの缶詰を店で買ってコンロで温めて食べたんだ。そんな思い出が数え切れないほどあって、だからビートルズのことを話しはじめるとやめられない。魔法のような巡り合わせだったからね。ぼくとジョンが知り合って、どちらも曲作りをはじめていて……。趣味の話になったことがあって、「ソングライティングが好きなんだ」ってぼくは答えた。そしたら「へえ、ぼくもなんだよ」とあいつは言った。びっくりしたよ。そんなことを言うやつには会ったこともなかったから。「じゃあ、君の曲を演奏してくれないかい? そしたらぼくの曲を聴かせるから」と、ふたり代わる代わるにそう言ったんだ。まったく、こんな思いがけない巡り合わせがあるだろうかと思うよ。

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