日本語の美しさを感じる――市川染五郎、映画『サイダーのように言葉が湧き上がる』の魅力と歌舞伎役者としての思いを語る
十代目松本幸四郎を父に、女優の松たか子を叔母に持つ八代目市川染五郎。4歳で初舞台を踏み、これからを担う若手歌舞伎役者として期待され、その端正な容姿から歌舞伎ファン以外からの人気も高い。 【画像】市川染五郎さんの撮り下ろし写真 そんな彼が、初映画・初声優・初主演(杉咲 花とW主演)を務める劇場アニメーション『サイダーのように言葉が湧き上がる』が7月22日(木・祝)に公開を控える。初めての経験で彼は何を学び、どんなことを感じたのか。そこにはやはり、歌舞伎役者としての強い思いがあるようだ。 取材・文 / 望月ふみ 撮影 / 冨田 望 ◆いつかはオリジナルの新作歌舞伎を書きたい。 ーー 初めての映画、初めての声優、初めての主演と本作では様々なことをご経験されたと思いますが、感想はいかがですか? 初めての映画がアニメーションだとは思っていなかったので、最初はビックリしましたけど、父や叔母も声優の経験がありますし、やってみようかなと思って挑戦しました。以前に朗読のお仕事をしたことがあって(13歳の時に朗読劇『ハムレット』に初挑戦している)、そのときにも声のお芝居の難しさは感じていましたが、改めて声だけという限られたなかでの表現の難しさを痛感しました。でも、『ハムレット』の時よりは、少しは成長できたかなと思います。 ーー このお話をいただいたときはどう思いました? 今回のお話を聞いたのは父からの電話だったんです。父から「こういう話が来ているんだけど、勉強になるからやってみるか?」と言われて。朗読のお仕事が全然うまくできなくて、正直、声の仕事はもうイヤだな(笑)と思っていたので、最初は不安でした。 ーー 声だけというのは、やはり大変ですか? そうですね。普段、歌舞伎の役をやるにあたって、最初に動きなしでセリフの稽古をするんですが、そのときにも自然に手が伸びたり、気持ちが入ってくると余計に身体も動くんです。だけど、アフレコの場合は、動くとその音が入ってしまうので、じっとしているのが大変でした。 ーー 染五郎さんが演じたチェリーは、コミュニケーションが苦手で、自分の思いをいつも俳句に託している引っ込み思案な男の子です。演じるにあたってどのようなことを思いましたか? チェリーの人見知りな部分は自分と似ているので、あまり役作りはしないほうがいいなと思いました。それから、チェリーは俳句がすごく好きで作ってはいるけど、誰かに発信したいという気持ちはあまりないんです。僕も小さい頃、台本をイチから書いて、妹とぬいぐるみで人形劇をやっていましたが、そのときもただやるのが楽しくて、見せたいとは思っていなかったので、その点についても当時の自分と重なるなと思いました。 ーー ご自身に近い役柄だったんですね。ちなみに、どんな人形劇だったんでしょうか? 3、4歳のころに祖母がプレゼントしてくれた“ボン吉”というぬいぐるみが主役で、物語としては立ち回りがたくさんあるものでした。ボン吉はお守りのような存在で今も控室にいます。ほかにも、雪を降らせたり宙乗りさせたり、家にあるスモークマシーンを使って煙を炊いたり、衣装とかも作ってやってました。 ーー 本格的ですね。 まだ完成してないんですけど、悪役をやっている歌舞伎役者が主人公で、悪役が好きすぎて現実でも役と同じことをしてしまうというものもあります(笑)。作るからにはちゃんと作りたいと思ってるんですけど、ちょっと今は執筆が止まっちゃってます。 ーー 映像に残したりはしてないのですか? 1つだけ、小学校5、6年くらいの時に妹と一緒にやった1時間弱くらいの作品が残っています。いつか新作歌舞伎として上演したいと思いながら話を書きました。最近は原作があるものが多いので、オリジナルもやりたいな、将来自分でできたらいいなと思いながら書いています。 ◆実は“陽”より“陰”に惹かれがち。大好きな映画は『ジョーカー』 ーー それは楽しみです! 作品の話に戻りますが、今回のアフレコは、山寺宏一さんや他の声優さんたちと一緒に録音されたそうですね。 はい。山寺さんは、いろんな声を持ってらっしゃって本当にすごいです。ご一緒させていただいて、すごく嬉しかったですし、尊敬の念がつきません。 ーー アニメは結構見るんですか? う~ん…『笑ゥせぇるすまん』くらいしか知らないかも(苦笑)。 ーー それは新しく放送されていたシリーズ(2017)でしょうか。 新しいものも、古いシリーズもどちらも好きです。 ーー お話を伺っていると、ご自身が書く台本では悪役を主役にしたり、アニメでは『笑ゥせぇるすまん』が好きだったりと、“陽”より“陰”、ダークなものがお好きなのでしょうか? はい、完全にそうだと思います(笑)。映画は洋画をよく見るんですが、悪役が主人公だったり、バッドエンドだったり、謎を残したまま終わったりする作品ばかりを好んで観ています。たとえば『ジョーカー』(2019)とか。本当に大好きで、公開の1年前からニュースを追ったりして、ずっと楽しみにしていました。映画館で2回観て、配信版でも5、6回は観ています。 ーー そうなんですね。先ほど性格的に似たところがあるという本作のチェリーは、自分とは全く違う明るいスマイルに惹かれていましたが、そこは共感できますか? うーん…僕自身はその気持ちはあまり分からないです。テンション高い子はちょっと苦手というか、僕がそこまで高くないので、たぶんついていけないと思います(笑)。自分と近い感じ、静かな人のほうが惹かれます。 ーー 2018年に、八代目市川染五郎を襲名されてから、歌舞伎ファン以外からも注目されていますが、ご自身ではどう感じていますか? 僕を通じて歌舞伎を知っていただけるのは、とても嬉しいです。ただ、ファンになっていただいた方にも、やっぱり歌舞伎を観ていただいて、自分の芝居もですけど、歌舞伎自体を好きになってくれたら、もっと嬉しいです。 ーー お父さまから、今回のお仕事について「勉強になると思う」と最初に言われたとのことですが、実際にどんなことを学べましたか? 息遣いのお芝居が新鮮でした。走って息切れしたり、鏡を見てため息をついたり。セリフのように決まっているものではないですし、自分自身でキャラクターの状況に合わせて変えていく必要があって、その微妙なニュアンスをすごく学べたと思います。ただ、具体的に「こういうところが勉強になった」というよりは、新しい感覚を得られた感じです。 三谷幸喜さんの『月光露針路日本 風雲児たち』に出させていただいたとき、はじめて現代語のセリフでお芝居をしたのですが、それまで古典しかやったことがなかったので、三谷さんをはじめ、共演の八嶋智人さんたちからイチから教えていただいたんです。そのときに学んだことが、今回のアフレコで生かせたと思ったのと同じように、今回のアフレコで学べたことも、今後、実際に何かお仕事をさせていただいたときに、生かせていると感じられると思っています。 ーー これからも現代劇や映像の作品もやりたいですか? もちろんです。もともとやりたいと思っていましたし、より興味が湧きました。 ーー 最後に、本作の見どころを教えてください。 最後の櫓でのシーンです。監督からもセリフを言っているときの気持ちや、前のシーンからの気持ちの変化を丁寧に教えていただきました。あと、俳句がテーマのひとつになっているので、日本語の美しさを感じられるのは、やっぱりこの作品の魅力だと思います。 (c)2020 フライングドッグ/サイダーのように言葉が湧き上がる製作委員会 日本語の美しさを感じる――市川染五郎、映画『サイダーのように言葉が湧き上がる』の魅力と歌舞伎役者としての思いを語るは、WHAT's IN? tokyoへ。
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