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来日12年、共働きで知った「日本のママはすごい」看護師試験合格、家族のため退職「これが幸せの形」

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日本での「共働き」や「子育て」。当たり前だと思っていた風景が、日本に暮らす外国人を通すと違ったものに見えてきます。家族や近所の人と助け合うことが普通だった文化から、日本にやってきたインドネシア出身のマリアさん。日本での子育ては、看護師としてのキャリアを諦めさせるほどの過酷さでした。それでも「日本に来て良かった」というマリアさんの、今の幸せについて聞きました。(withnews編集部・松川希実) 【画像】日本人がプレゼントしたマリアさんのサプライズ結婚式、用意された衣装に「予想もしてなかった」

「怒らない母」の難しさ

栃木県で3人の子どもを育てているインドネシア出身のマリア・フランシスカさん(36歳)は、新型コロナウイルスで家にこもっていた期間、思い知ったことがあると言います。 休校中、小学校2年生になった長男のガブリエルくん(7歳)は2週間に1度、学校から宿題の山を持って帰ってきました。 マリアさんは、遊びたい盛りの妹クインシちゃん(5歳)と、弟ファビアンくん(3歳)にYouTubeを見せて気をそらせながら、宿題に付き合います。 「次の提出に間に合う?」と、ついイライラ。算数の文章問題が苦手なガブリエルくんに、「さっき『人』だったところが、『動物』に変わっただけでしょ!」と怒鳴ってしまいます。マリアさん自身、約10年前、看護師の国家試験で頭にたたき込んでいた医療用語とは違う「宿題」の日本語にも手を焼いていました。 夜、「悪いママでごめんね」と、ガブリエルくんに謝って、こう思います。「母みたいに我慢強くて怒らない、そんな親になろうと思っていたのになぁ」 マリアさんが看護師を辞めて専業主婦になってから、4年が経ちました。

2人のおばあちゃんの死

マリアさんが日本に来たのは2008年です。 高齢化にともない看護や介護のニーズは増える一方で、日本の看護・介護業界では離職者も後を絶たず、人手不足の解消は喫緊の課題でした。日本政府が外国から呼び寄せた208人の看護・介護人材に、マリアさんがいました。 マリアさんは千葉県内の病院で、看護助手として働きながら、日本の国家試験に向けた猛勉強に励みました。日本語がゼロの状態から、3年目で、難関と言われる看護師の国家試験に合格しました。 配属されたのは内科。インドネシアに比べて、患者の年齢層は高く、寝たきりの人が多くいました。「胃瘻(ろう)」は日本で知りました。 患者の中で、忘れられないおばあちゃんがいました。会う度に「マリアちゃん、がんばってね」と声をかけてくれました。最期を看取ったのはマリアさんでした。 家族が迎えにくるまで、おばあちゃんの最後のケアをしました。体に残った治療痕をきれいにして、体を拭き清め、丁寧に化粧を施しました。「ごめんなさい、私にもっと力があれば……」 マリアさんは、インドネシアで亡くした自分の祖母と、そのおばあちゃんを重ねていました。 マリアさんがジャカルタの病院で看護師として働いていた時、母から「おばあちゃんの呼吸が変なの」と電話を受けました。「病院に搬送して」と伝えましたが、家にはそのお金がありませんでした。 家で祖母が亡くなり、実家に向かうバスの中で、マリアさん自分の無力さに涙が止まりませんでした。「もし家族が病気になったら、今度は満足な医療を受けさせたい」

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