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うちの壁にバンクシーが! 世界一有名なスプレー画のため奮闘した4人

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The Guardian

【記者:Dave Simpson】  英ウェールズの工業都市ポートタルボット(Port Talbot)に住むイアン・ルイス(Ian Lewis)さんの駐車場の壁に昨年12月、突如として英国の覆面アーティスト、バンクシー(Banksy)の作品が現れた。ルイスさんは作品を強盗や破壊しようとする人から守るために奮闘しなければならず、「とても、とてもストレス」を感じた。  それこそまさに、「バンクシード(バンクシーに作品を描かれたという意味)」を経験した人たちに共通する悩みだ。  バンクシード経験者4人が、実体験を語った。 ■デービッド・アンスロー(David Anslow)さん(不動産オーナー) 作品:「Clik! Clack! Booom(クリック!クラック!ブーン)」2003年 場所:英ブリストル(Bristol)、ケイトーストリート(Cato Street)  私はブリストルのイーストン(Easton)に家を持っていて、学生たちに貸していた。ここはバンクシーがよく出没していた街だ。  ある日、学生の一人が電話で、「グラフィティ・アーティストの友人」が家の外壁に作品を描きたいと言っているがいいか、と尋ねてきた。それはかっこいいなと思っただけで、深く考えなかった。何年かして突然、私の友人が「自分の家の壁にバンクシーがあるのを、知らなかったのか?」と聞いてきた。  その友人が見せてくれたバンクシーの作品集「Wall and Piece」には自分の家が写っていて、壁一面に32フィート(約10メートル)ほどの大きさの絵が描かれていた。ピカソ(Pablo Picasso)の「ゲルニカ(Guernica)」みたいだなと思った。  ちょうどその頃、家を売却しようとしていた。だが、このグラフィティのせいでなかなか売れなかった。「家は気に入ったけど、壁にあんなのがあっては買えない」と言われてばかりいた。そこで、バンクシーの絵の方を売り、家を無料で付けるという素晴らしいアイデアを思い付いた。  すると、ひっきりなしに電話が鳴るようになった。あるオーストラリア人は40万ポンド(約5650万円)の買値を言ってきた。ロサンゼルスに住む人からは、壁ごとカリフォルニアへ移したいという申し出があったが、それでは家が壊れてしまうので断った。  自治体がグラフィティを消そうとして作業員を送ってきた時には、地元の人が怒って追っ払った。私たちは皆、必死でバンクシーを守ろうとしていた。  ところが、ここにバンクシーの作品があるという話が広まると、誰かが家に押し入り、破壊行為を行い、作品には赤いペンキをぶちまけめちゃくちゃにした。  すると、ブリストル中のグラフィティ・アーティストが集まって来て、グラフィティを付け足して行った。壁は、バンクシーの名残をとどめた、グラフィティ・アートのコラージュ作品に生まれ変わった。  すべての騒ぎが落ち着いた頃に、家はほぼ相場通りの約16万ポンド(約2260万円)で売れた。 ■ショーン・カミングス(Sean Cummings)さん(不動産開発業) 作品:「Looters(略奪者たち)」2008年 場所:米ニューオリンズ(New Orleans)、エリージャンフィールズ(Elysian Fields)  バンクシーがニューオリンズを訪れたのは、ハリケーン「グスタフ(Gustav)」による爪痕が残る頃だった。大通りにある人目を引く私の倉庫に何か描いてもいいかと、仲介者を通して聞かれた。おそらく今日世界で最も有名なアーティストが、自分の物件に何か描きたがっているのだから、嫌なわけがない。  いつ描くのかは聞かされなかった。だが、翌日、色々な人から電話がかかってき始め、「自分の倉庫の壁を見たか?」と言われた。大きな壁に描かれていたのは、「Looters」という作品(窓からテレビを盗み出そうとする2人の州兵の姿が描かれている)だった。その意図は一目で分かる。ハリケーン「カトリーナ(Katrina)」と「グスタフ」の後に、数々の強奪事件が報じられていた。バンクシーがその話を基に、当局に対する皮肉たっぷりの軽蔑を表した作品を作り上げたのは明らかだった。  この作品が論争の的になりそうなことは予測できたので、アクリル板で保護したが、ぶざまにも失敗に終わった。他のグラフィティ・アーティストたちが上描きし、人々がプラカードを張った。もう少しで燃やされそうにもなった。だが、驚くことに、ニューオリンズの消防士の一人が、これがバンクシー作品であることに気付き、炎から守ってくれた。その時点ですでに、オリジナル作品の上にはペンキや紙、接着剤などが11層も重なっていた。  ある日の真夜中過ぎ、私たちは作品を保護するために壁をその部分ごとくり抜き、トラックに乗せて移送した。燃やされてから元の状態に戻すまで、4年近く費やした。

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