【イベントレポート】是枝裕和、西川美和、ティルダ・スウィントンが文化支援を語り合う、シャネルの理念に賛同
シャネル主催による、未来の映画人を育成するためのマスタークラス「CHANEL & CINEMA - TOKYO LIGHTS」が11月27日と28日の2日間にわたって東京都内で行われ、映画監督の是枝裕和、西川美和が参加した。この記事では、俳優のティルダ・スウィントンを迎えた27日のトークセッションの模様をレポートする。 【画像】来日したティルダ・スウィントン 次世代の映画監督の創作活動を支援することを目的に、シャネルと是枝が共同で立ち上げた「CHANEL & CINEMA - TOKYO LIGHTS」。第1回となる今回は、シャネルのアンバサダーを務めるスウィントン、俳優の役所広司や安藤サクラが登壇し、トークセッションやワークショップが行われた。全プログラムを修了した参加者には、ショートフィルムコンペティションへの応募資格が与えられ、上位3作品はシャネルの支援のもと制作。その後、東京とパリで上映される予定だ。 ■ 海外では“ハイブランド”が積極的に文化支援している まずイントロダクションとして、是枝、西川、スウィントンは本プログラムの立ち上げ経緯と意義を語る。是枝は「日本の映画産業は非常に厳しい状況が続き、なかなか世界基準に達していかないという思いがありました。ハラスメントや若手育成の問題に対しても、業界全体でどう取り組むべきか仲間たちと勉強会を開いていました。そんな中、海外の映画祭に参加するたび、いわゆる“ハイブランド”が積極的に文化支援に参加しているのを目の当たりにして。そこでシャネルから『日本でもそういう展開を始められないか』とありがたい話があったわけです」と経緯を説明。「本来は映画業界が自らやるべき取り組みですが、このような形で新たに支援をスタートしたことで、継続していければ」と意気込んだ。 10年以上にわたりシャネルと協業してきたスウィントンは、自身のキャリアの原点を振り返る。1994年に死去した映画監督デレク・ジャーマンを“親友”と呼び、「もともとフィルムメーカーとして彼と映画制作をしていました。そこは商業性ゼロの芸術の世界。自由な環境でアーティストとして育ち、ほかの方法は知りませんでした」と述懐。しかしシャネルと組み、世界各地を訪れる中で文化支援に対してさまざまな気付きを得てきたという。また是枝と西川に対して「お二人は“仲間”。いろいろな作品を観ましたし、映画祭でも交流してきました」と述べ、「私が今ここに立てているのは皆さんの“仲間”であるから。国際的なフィルムメーカーを目指す皆さんには、このようなフェローシップの感覚を身につけていただきたい」と伝える。その言葉に、西川も「ただ制作に集中するだけでなく、横のつながりを濃く持ちながら業界に貢献する努力も必要」と呼応した。 ■ 映画においてファッションは繊細で重要な役割 シャネルは映画の歴史と密接に結び付いている。創業者ガブリエル・シャネル(ココ・シャネル)は「映画にはファッションを伝える力がある」という言葉を残しており、1931年にハリウッドの映画プロデューサー、サミュエル・ゴールドウィンと組んで以降、映画とファッション双方の力で人々の感情に影響を与えてきた。シャネルが衣装デザインに携わった作品として、スウィントンは1961年の映画「去年マリエンバートで」が特に印象的だと挙げ、「美しいデザインで、表現力に優れ、アティチュード(姿勢)も感じられる。まさにシャネル。彼女の服に身を包んでいるとき人としてどう在るべきか、衣装を通して問いかけられていました」と熱弁する。 映画衣装の話になると、是枝は「花よりもなほ」「海よりもまだ深く」などで組んできた衣装デザイナー・黒澤和子との仕事について語った。「黒澤さんは台本を読むと『この地域で、この生活レベルの人は衣服にどれぐらいお金を掛けられるか』というところから考える。そして『買い物に行くならこのあたりかな』と近くのスーパーで買いそろえるんです。そうすると役の生活が見えてくる。画面の統一感で決めることもあるでしょうけど、価格帯から入るのもリアリティのある方法だと思いました」と裏話を明かした。 さらに西川は「黒澤さんは“汚し”にも情熱を懸けている」と述べ、「撮影当日までに、襟元の劣化だったり、あらゆる手段でなじませてくるんです。非常に繊細で重要な役割だと思います。日本は海外に比べると衣装に掛ける予算は桁違いで低い。でもコスチュームやヘアメイクが映画にとってどれだけ重要かという認識は、もっと高まるべき」と強調する。「是枝さんも以前から『日本には衣装・メイクのアワードがない』とおっしゃってますよね?」という西川の問いかけに、是枝は「ずっと訴えてるんですけど、部門を増やすとこれぐらいお金が掛かるんですって却下されちゃうんです」と苦笑。そのやり取りを受け、スウィントンは「ショックな話ですね。フレームに映し出されるものには、さまざまな人が貢献しています。1秒目から人の手が加わり、それが積み重なって90分の尺となる。映画制作は各部門が相互依存しているものだと、もっと周知されなければなりませんね」と真摯に応える。 ■ 少しでも長く女性が映画を作れる環境を 回顧上映や映像修復も手がけるシャネルは、未来への保護や継承を重要視してきた。伝統を守るだけでなく、映画文化の長期的サポートを目指し、その一環で若手クリエイターの発掘・支援にも力を入れている。 西川は昔に比べて女性スタッフが増えてきたことに触れつつ、「男性中心の労働環境だったので、女性が出産・育児とキャリアを両立できる術が日本では整えられていませんでした。私自身、映画を作ることに邁進してきて、気付けば結婚も出産もせず、そういう問題に意識的になることを忘れてしまっていました。今後は少しでも長く女性が映画を作れる環境を、男性の作り手と一緒に考えていかなければなりません」と力を込める。是枝は「業界内だけでは突破できない部分もあるので、公的なサポートも必要。次の世代がくじけない環境を整えていかなければならない。そのために横と縦のつながりは大事ですよね。連帯を実現させるために映画祭という場がありますし、こういうイベントも大事になってくる」と改めてプログラムの意義に触れた。 ■ ティルダ・スウィントンが語る「存在感」「柳楽優弥」「役作り」 続くトークセッションでは是枝とスウィントンの対談が行われ、スウィントンのキャリアが紐解かれた。「スノーピアサー」のポン・ジュノ、「MEMORIA メモリア」のアピチャッポン・ウィーラセタクン、「倫敦(ロンドン)から来た男」のタル・ベーラら、英語圏以外の監督とも多く仕事をしてきたスウィントン。その理由を「意図的ではなく縁だった」と説明し、「デレク・ジャーマンと一緒に行った1986年のベルリン映画祭で、国際的に活躍したいと強く思ったんです」と回想。さらに映画制作を始める前のことを聞かれると、スウィントンは「ちょっと恥ずかしいんですが……10代の頃は物書きになると思っていました。ケンブリッジ大学でも詩を書いて奨学金をもらっていましたが、自信をなくして詩を辞めてしまったんです」と打ち明け、「劇に出演したことはありますが、役者には一切興味がありませんでした。でも映画の一部になりたくて、最初は評論家になることを考えていました」と続ける。そこから舞台の出演や裏方を経験するうちに仲間との作業に楽しさを見出したという彼女は、その中で「セリフよりも大切なのは存在と動き」という自分なりの気付きも得たと明かした。 是枝は「日本では役者を評価するときに“存在感”という言葉を使いがち」だと指摘し、「作品の中における“存在”をどう構築していくか?」と質問を投げかける。スウィントンは「存在感=カリスマと考える人が多い。でも誰にでも“存在感”はありますし、それがリラックスした状態で出てくるものだといいですね」と答え、ロベール・ブレッソン監督作「バルタザールどこへ行く」のロバの“芝居をしていない”存在がよかったと言及する。また是枝の監督作「誰も知らない」が第57回カンヌ国際映画祭に出品された際、審査員を務めたスウィントンは「子供たちの演技について議論が起こった」と述懐。結果的に主演の柳楽優弥が男優賞を受賞したが、スウィントンは「彼は言うならブレッソンの“ロバ”でした。カメラに対して、自分を完全にオープンにした状態で存在していました」と改めて称賛した。さらに是枝は日本語特有の「役作り」という言葉を出しながら「役へのアプローチは具体的にどのように?」と質問。スウィントンは「自分の記憶の中に、好奇心が詰まった金庫みたいなものがあって、それがガイドになってくれる。だから役作りはしなくて大丈夫なんです」と説明した。 スウィントンの新作として、ペドロ・アルモドバルが初の英語作品を手がけた「ザ・ルーム・ネクスト・ドア」が2025年1月31日に日本公開される。同作でジュリアン・ムーアと共演したスウィントンは、がんを患い安楽死を望む女性マーサを演じた。「いろんな監督とコラボレーションしてきましたが、彼の映画に関してはすべて観ている」と語るほどアルモドバル作品のファンだというスウィントン。「彼のフィルモグラフィは1冊の大きな本。彼は小説家で、それぞれの映画が目次になっているのです」と独自の表現で分析し、「彼の部屋には映画で使われた家具や絵画があり、自分の映画の世界でそのまま生きているんです。彼の作品に足を踏み入れるのは幻惑的な体験です」とうっとり話した。 ■ ティルダから人付き合いが苦手なあなたにアドバイス 終盤には参加者とのQ&Aコーナーが設けられ、さまざまな質問が寄せられた。「生活の中で一番大事にしていることは?」と尋ねられると、スウィントンは「コネクション」と即答。「人とのつながり、生き物とのつながり、自然のつながり、すべてが大切です」と説く。「撮影までの期間の過ごし方」という質問には、「壁となるものを排除していく作業」の積み重ねだと答える。「例を挙げると、『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』で私が演じたのは死期が迫るキャラ。だから外見も非常に重要でした。“健康的に見える”といった余計なことを考えてしまう要素をクリアにすること、それはつまり観客のために壁を排除することなのです」と解説する。 また努力を感じさせないくらいシームレスに演技する秘訣を「Workは準備期間だけ。撮影が始まったらPlayに切り替える意識を持つこと」と明かしつつ、同時に「役を作り込みすぎて、周りに気が向かなくなるのは危険」と警告する。「人とのつながりを大切に」と繰り返すスウィントンに対し、「人付き合いが苦手な自分にアドバイスを」と請う参加者も。スウィントンは「多くの人が同じような気持ちを抱えていますが、シャイの在り方が違うと思うんです。おとなしかったり、シャイだからこそ明るく振る舞ったり」と寄り添い、「そのまま正直に生きていけば大丈夫」と言葉を掛けた。 映画ナタリーでは引き続き、役所広司、安藤サクラ、そしてスウィントンが参加したトークセッションとワークショップの模様をレポートする。 写真提供:Chanel