「人的資本の情報開示」を「人的資本の最大化」の機会に
令和という新時代。かつてないほどに変化が求められる時代に、私たちはどこに向かって、いかに歩んでいけばいいのでしょうか。これからの<私>のキャリア形成と、人事という仕事で関わる<同僚たち>へのキャリア開発支援。このゼミでは、プロティアン・キャリア論をベースに、人生100年時代の「生き方と働き方」をインタラクティブなダイアローグを通じて、戦略的にデザインしていきます。 タナケン教授があなたの悩みに答えます! プロティアン・キャリアの知見を現代版プロティアンへとアップデートする際に、骨格に据えたのが「キャリア資本論(Career Capital)」です。 組織内外での「キャリアトランジッション=移動」よりも、これからのキャリア形成において大切なことは「キャリア資本=蓄積」であると考えたからです。 特に難しい考え方ではありません。これからのキャリアは、ビジネス資本、社会関係資本、経済資本の三つの資本の蓄積から形成されると考えます。この三つの資本の総量がキャリア資本となります。
このキャリア資本の考え方と密接にリンクするのが「人的資本(Human Capital)」です。人材版伊藤レポートで知られる伊藤邦雄先生が「人的資本」の重要性を提唱されています。 研究者の仕事は、問題の本質を的確に分析し、解決策を提示していくことです。学問領域をこえて、問題の本質への洞察は共鳴してくるものなのです。 私はキャリア開発の知見から、一人でも多く「やりがい、生きがい、働きがい」を感じて働く人を増やしていきたいと思っています。私のライフワークは、「ビジネスパーソンのポテンシャル開発」なのです。 伊藤先生の問題意識は、人材を資源としてではなく、投資の対象として捉え、「人的資本の最大化」を実現させていくことです。「ビジネスパーソンのポテンシャル開発」と「人的資本の最大化」は、同義語として捉えて問題ありません。 さて、ここで今、人事担当者として共通認識を育てておくべき課題が一つあります。それが「人的資本の情報開示」の動向です。詳細は本連載の第27回でも取り上げているので、併せて読んでみてください。 大切なことは、「人的資本の情報開示をゴールとしないこと」です。情報開示をするためには、企業内でさまざまなデータの収集が行われます。ISO30414の11項目にある、コンプライアンス、倫理、コスト、労災などのトピックは、企業の透明性を実現するだけでなく、コーポレートガバナンスをさらに強化していくことになります。 コーポレートガバナンスを強化していくこと自体は、悪いことではありません。しかし、ガバナンスとグロースのバランスは、想定している以上に難しいことなのです。 問題の本質をシンプルに捉えてみることにしましょう。 それは、「管理と成長」の関係性を考えることでもあります。人事データは、人的資本の管理と相性が良いのです。勤務時間、生産性、ワークコンディション、データを集めることで、人材を管理していくことが可能になります。 しかし、管理される主体は、これまでの組織内キャリアの再強化にもなりかねない危険性をはらんでいます。 今、日本企業が全力で向き合うべき課題は、社員一人ひとりの心理的幸福感を維持し、主体的なキャリア形成をサポートしながら、企業の生産性と競争力を高めていくことなのです。 そのためには、「人的資本の情報開示」をゴールにするのではなく、その先を見据え、戦略設計していくことが欠かせません。その先とは「人的資本の最大化」です。つまり、収集されるデータや開示されるデータは、人材管理のためではなく、人材活用のために戦略的に活かしていくことを忘れてはならない、ということなのです。 さらに、先日公開された人材版伊藤レポート2.0には、興味深い現在地が示されています。経営者からみて、取り組みが進んでいない課題としてあげられているのが、「動的ポートフォリオ」です。 その内訳は、人材ポートフォリオの定義、必要な人材の要件定義、適時適量な配置・獲得です。なかでも、人材ポートフォリオの作成と活用は、人的資本の情報開示と人的資本の最大化の鍵を握っています。