慣用句「鼬ごっこ」の意味と正しい使い方
長引くコロナ禍、「変異ウィルスとワクチンの鼬(読み方:いたち)ごっこ」「感染拡大と対策強化の鼬ごっこ」など、ニュースで使われることも多い「鼬ごっこ」という慣用句。解決しない堂々巡りの状況を表す言葉だが、そもそもなぜ動物の「鼬」が使われているのか疑問に思う人も少なくないだろう。 そこで本記事では、「鼬ごっこ」の意味や由来、類似表現などを解説したい。この機会に正しい意味をきちんと理解しておこう。 「鼬ごっこ」とは? はじめに、「鼬ごっこ」の語源や正しい意味、使い方について解説する。 実は江戸時代の遊びが語源であることは、知っておくと誰かに自慢できるかもしれない。 「鼬ごっこ」の語源と正しい意味 いたちは細長い体と短い四肢を持つ哺乳類で、日本全土に広く生息している。夜行性で、敵に追いつめられると悪臭を放って逃げる特徴を持つ動物だ。しかし、「鼬ごっこ」の語源は、このいたちの特徴や習性とは直接関係がない。実は、江戸時代後期に流行した子どもの遊びに由来している。 「いたちごっこ、ねずみごっこ」と唱えながら、二人でお互いに相手の手の甲をつねって自分の手をその上に載せることを交互にくりかえす、際限のない子どもの遊びの名称が「いたちごっこ」。これが転じて、双方が同じ事を繰り返すばかりで無益なことを表す慣用句となった。 お互いが同じようなことを繰り返して物事の決着がつかないこと、いつまでたっても埒が明かない不毛な様子を表すのにふさわしいフレーズと言える。ちなみに、カタカナで「イタチごっこ」と記載することもあるが、ひらがな表記が一般的。 「鼬ごっこ」の例文 次に、実際に「鼬ごっこ」を使った例文をいくつか紹介したい。正しい使い方を把握し、ビジネスシーンや日常会話でスマートに使いこなそう。 【例文】 ・「特殊詐欺の被害を減らそうとどれだけ対策をしても、裏をかく新たな手口が登場してしまう。これではまるで鼬ごっこだ」 ・「サイバー攻撃とセキュリティ対策の鼬ごっこに、社員が辟易している」 ・「こんな鼬ごっこの議論を続けているだけ時間の無駄だ」 ・「毎日庭の草刈りをしているが夏場はぐんぐん雑草が伸びるので、鼬ごっこの状態が続く」 ・「片付けては散らかし、散らかしては片付け......親と子どもの鼬ごっこは終わらない」 「鼬ごっこ」の英語表現 「鼬ごっこ」を英語で表すと「a cat‐and‐mouse game」。文字通り猫とネズミの永遠の追いかけっこを表現したもので、動物は違えど日本語の言い回しに似ている。「いたちごっこをする」と言うには動詞「play」を用い、「between A and B」でAとBの間の問題であることを表現する。例えば、「警察と泥棒がいたちごっこをする」だと、「play a cat‐and‐mouse game with police and thief」となる。 ちなみに「rat race」、すなわち「ネズミの競争」も無意味な激しい競争のことを表す英語表現の一つ。ただし、出世をかけた競争の意味合いが強く、日本語の「いたちごっこ」とは少しニュアンスが異なる点は注意が必要だ。 「鼬ごっこ」の言い換え表現と類語 最後に、「鼬ごっこ」の類語を紹介する。微妙なニュアンスの違いを知り、さまざまな言い回しのバリエーションを増やす一助としてほしい。 堂々巡り 似たような思考や議論を繰り返し、同じところで巡って少しも先へ進まないことを意味する「堂々巡り」。 もとは、僧侶などが祈願のために何度も御堂の周りを回ることを指し、これが語源とされている。 「鼬ごっこ」は「警察と泥棒の鼬ごっこ」など、二人以上もしくは二つ以上の事柄に対してのみ用いられるが、「堂々巡り」は自分の頭の中での一方的な思考の場合にも利用できる。「一人であれこれ考えても答えは出ず、堂々巡りだ」がその例。反対に、「一人で悩んで、鼬ごっこになった」とは言わない。 埒(らち)が明かない 「埒が明かない」は、解決してほしい物事の決着がつかず上手く先へ進まないこと、話にならないことを表す表現。「埒」は馬場の周囲に設けた柵のことで、物事の区切り、限界の意を表すようになったと言われている。 水掛け論 双方が主張を曲げない、一向に進行しない議論のこと。お互いが自分の意見ばかり言い合って、いつまでたってもまとまらない議論を指して言う。互いに自分の田に水を引こうと争うことが由来とも、水の掛け合いのように勝敗の決め手のない論争が語源とも言われている。 千日手 将棋やチェスなどのボードゲームでお互いが同じ手順を繰り返し、いつまでたっても局面が進展しない状態を「千日手(せんにちて)」と言う。「同じことを繰り返しいつまでも終わることない攻防」の比喩表現として「千日手のようだ」と言うこともある。 文/oki
@DIME編集部