Yahoo!ニュース

IDでもっと便利に新規取得

ログイン

中村メイコ、石井ふく子、久米朗… テレビ創世記を支えたレジェンドたちの仰天エピソード

配信

ニッポン放送

時代劇研究家でコラムニストのペリー荻野が、6月29日(月)放送の、ニッポン放送「垣花正あなたとハッピー!」内のコーナー「ゲストとハッピー!」に生出演。17日に出版した自身の著書「テレビの荒野を歩いた人たち」では、テレビ創世記の頃に奮闘した人々のインタビューを掲載。ドラマや時代劇、東京五輪など、1953年にテレビ本放送が始まった頃のエピソードを語った。

インタビューを行った人のなかには中村メイコ、石井ふく子、久米明など、年齢が90歳近くの人もいるなか、当時を鮮明に振り返る“記憶力”に驚いたという。 ペリー荻野:当時って生放送だから映像がほぼ残っていないんです。でも、例えば中村メイコさんは、テレビの本放送が始まる前の、実験放送だった時代から出演されているんですけど、当時のことを絵に描いたように覚えているんです。「カメラが戦車みたいに大きかった」「実験放送だからスタッフが全員白衣を着ていた」「カメラのズーム技術がないから、出演者が自分でカメラに寄って行った」とか。 垣花:それは当時を経験していないと絶対に分からないですよね。 ペリー:久米明さんがNHK最初の大河ドラマ『花の生涯』に出演されているんですけど、「照明が低いから暑くて耐えられなかった」「外国人タレントがいないため、付け鼻をして外国人役を演じた」「撮影中に照明があまりに暑くて、汗で付け鼻がポロッと落ちた」とか。もう、面白くてインタビュー中にゲラゲラ笑っていました。 垣花:のちにコントとかでありそうなシーンですが、当時はそれを真面目にやっていたんですね。 ペリー:今回の取材は昔の映像が残っていないので、難しいかなと思っていたんですが、みなさんの記憶力がいいから、インタビューをしていて私があの頃のテレビを見ているみたいでした。 垣花:そのなかで、ドラマ演出家の石井ふく子さんや、脚本家の橋田壽賀子さんというような、天才が発掘されていくんですが、当時、男社会のなかで女性が活躍するのは大変だったでしょうね。 ペリー:特に女性は実績を残さなかったら生きていけなかった世界だったと思います。石井さんは山本周五郎さんや、松本清張さんに「先生の作品をドラマにさせてください」って足繁く家に通ったそうです。 垣花:それがもはや大河ドラマのワンシーンみたいですね。著書の中で、橋田さんと石井さんが電話でドラマのセリフを巡ったやりとりがあるんですが、それもすごいですよね。 ペリー:橋田先生は松竹の脚本家第一号で、どうしても映画っぽく脚本を書いてしまっていたそうなんです。すると石井さんが「それはテレビじゃない」と、電話でセリフを直すよう指示するんですが、あまりにもその口調が悪かったので、あとで石井さんのお母さんが「橋田さんごめんなさいね」ってフォローするっていう。エピソードを掘れば掘るほど面白いです。 今のテレビができるまで先人たちの様々な苦労や挑戦が記された、ペリー荻野の著書「テレビの荒野を歩いた人たち」。最後に荻野は、「苦労していた話が多いはずなんですけど、みなさん本当に楽しそうで、『今の経験を次に繋げていこう』というエネルギーがすごい。」と、テレビ創世記を支えたレジェンドたちの活躍ぶりに改めて感動した様子だった。

【関連記事】