ダイアナ妃の「元不倫相手」ジェームズ・ヒューイットについて徹底解説…ヘンリー王子の父親説も
彼は暴露本を執筆
ヒューイットは軍を退役直後、1994年に『Princess in Love』の著者アナ・パスタナクに協力して国際的にスポットライトを浴びた。同書は1986年~1991年の5年間にわたるヒューイットとダイアナの不倫の詳細を書くのが目的。ダイアナ妃とチャールズ皇太子は1992年に別居していたが、それでも同書は十分にスキャンダラスで瞬く間にベストセラーになった。 1995年、離婚が正式に成立してから1年足らずで、ダイアナ妃は有名なBBCの『パノラマ』のインタビューで不倫を認めた。「ええ、私は彼をとても愛していました。交際していたのは本当です。でも、とても失望しました」とヒューイットが本に関わったことについて語っていた。
ダイアナ妃死後のヒューイットの人生
1997年にダイアナ妃が悲劇的な死を遂げた後も、ヒューイットは不倫について暴露し続けた。1999年には不倫のさらなる詳細を書いた『Love and War』を出版。その後何十年も数多くのインタビューを受けている。 彼はまた、湾岸戦争時にダイアナ妃が彼に宛てて書いた60通以上の手紙を何度か売却しようとし、批判された。中でもっとも有名なのは、『News of the World』がダイアナ妃の死から2年後にヒューイットがそれらの手紙を1000万ポンドで売却しようとしたと暴露したことだ。手紙が公になったことは一度もなく、2009年『Telegraph』紙のインタビューで、彼は一生手元に置くつもりだと言明している。 90年代半ば、退役後にヒューイットはゴルフ練習場をオープン。オーディション番組『Xファクター』や『Big Brother 』的な『Back to Reality』などリアリティ番組にも何度か出演している。 2009年にスペインのマルべーリャに移住し、バー「The Polo House」をオープンしたが、2013年に閉店。2017年に心臓発作で入院したが、その後退院している。
ヘンリー王子の父親説が根強くある
ダイアナ妃とのロマンスの結果、実はヒューイットがヘンリー王子の父親説がファンからたびたび起こっている。特に2人は似ていると言っているポイントが赤毛だ。ヒューイットはこの噂を断固、否定。前述ウォーフも「単に日付を見てみただけでも、ヒューイットがヘンリー王子の父親になるのは不可能だ。ヘンリー王子は1984年9月15日生まれ。ということは1983年のクリスマス頃には妊娠していたということで、ウィリアム王子はその頃まだ生後18カ月だ。ダイアナ妃がヒューイットと出会ったのは1986年夏だ」と書いている。
Translation: Mitsuko Kanno