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東浩紀「コロナ禍で『リベラル』な知識人は『監視社会』を肯定してしまった」

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文春オンライン

 コロナ禍を経て、「社会活動の多くはオンラインで代替できる」という考え方は市民権を得たようにもみえる。2010年にゲンロンを起業し、雑誌「ゲンロン」をはじめとする出版物の発行、さまざまな話し手を招いたリアルイベントを行うゲンロンカフェの運営などを行ってきた批評家の東浩紀さんは、言論が飛び交う空間としてのインターネットの可能性と限界についてどう考えるのか。近現代史研究者の辻田真佐憲さんが聞きました。(全2回の1回目/ #2 へ続く) 【写真】この記事の写真を見る(10枚) ◆ ◆ ◆

行動が一貫していることが重要

――東さん、以前はツイッターでも精力的に発信をされていましたけれども、しばらく距離を置いていて、新型コロナウイルスの混乱を前にして、期間限定で復活していますよね。 東 ぼくはテレビにはもう出ていないし、新聞にもあまり出ない。つまり、マスコミと付き合わないというポジションなんです。そう考えたときに、ぼくには今のツイッターもマスコミに見えたのでやめた。今回、コロナで緊急事態ということでまたやっています。 ――3月5日のツイートを今読み返すと、すでにその頃から、東さんの考えは一貫していると思います。都知事選を想起させる「ぼくたちは人々の不安に付け込むポピュリストのパフォーマンスには距離をとるべきです」という発信をしていたり、「生きることはリスクとともに暮らすことです」「そもそも不可能な感染拡大の阻止ではなく、重症患者の命を救うことに集中すべきです」といったwithコロナに近いアイディアも。 東 ぼくにとっては、3.11の経験が大きかったんです。原発事故の後、放射能の危険性を巡って専門家も右往左往し、かえって混乱を招きました。しかし間もなく10年を迎えようとする現在から振り返っても、意外と真実は明らかになっていない。どのようにメルトダウンが進んだか、原発事故の責任の所在はどこにあるか、健康被害はどうか。  そういう時に混乱を最小限に抑えるには、まずは行動が一貫していることが重要だと思います。新しい事実が明らかになっていくなかで、方針転換をして最適な行動をとることができるのであれば、むろんそれに越したことはありません。けれども場当たり的な行動にしかならないなら、「もしかしたら現在の行動は間違っているかもしれないけど、とにかく一貫させておく」ことがよいのではないかと。とくに施政者には一貫性が求められますね。 ――7月に入って感染者数が増えてくると、再び外出自粛要請が出されるのではないかというムードが高まりました。「『やっぱ危険かも、やっぱ大丈夫かも』の感情に経済が振り回されるのが、ほんとうはいちばん危険です」とツイートされていたのは、まったくその通りだなと思います。 東 感染拡大防止を重視するか、生活や経済を重視するか。「感染拡大は不安、でも自粛で生活が成り立たなくなるのも不安」ってそれはそうでしょう。けれど、新しい情報が入ってくるたびに行動を変えてしまっては、それこそ社会全体が不安定になる。  ぼく個人としては、一律の外出自粛にはあまり効果がないと考えています。しかし同時に世論は科学と関係なく動きますし、それに抵抗しても問題が起きるだけだとも考えています。だから、自分や自分の組織の行動方針は、ウイルスよりも世論を予測して決めるべきだと割り切っています。緊急事態宣言が解除された時も、ゲンロンカフェのリアルイベント再開は見送りました。

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